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第10話
聖神官長に相応しいキリヤの大きな部屋には――ファロスの書斎と寝室を合わせた程度の大きさだった――神殿の一室というよりも、学者とかそしてファロスがその才を国王陛下に認められた「軍参謀」の部屋のようだった。
壁に掛けられているのはこの国周辺の精密な地図だった。しかもそれが単なる飾りではないことを示すかのようにあちらこちらに修正の跡や細かい字での書き込みがなされてあった。
「お食事をお持ち致しました。聖神官様はもう少しお時間が掛かるとの仰せに御座います」
先程の神官見習いが食事をテーブルの上に並べながら申し訳なさそうな感じで言った。
普通の娼館――この国やその周辺で単に「娼館」と言えば男娼館だ――ならば暇を持て余すところだが、この地図にはファロスの把握していない宣戦布告してきた国の今年の農産物の収穫量までが書かれていて、ファロスとしてはむしろ遅れた方が大歓迎だった。
「いえ、聖なる神官様のお時間の方が貴重ですので、どうかお構いなく」
神殿に詣でるため、そして聖神官様のひいては戦神様のご加護を得るためだけに筆記するものを持って来なかったことを深く悔やみながら、その場しのぎのことを言って神官見習いを部屋から追い出したのも当然だっただろう。何しろこの地図一つでファロスの作戦がより精緻なものに仕上がることだけは間違いなかったので。
しかし、持って来ていないものは仕方のないと割り切って頭の中に収めようと地図を見続けた。
(このような詳細な地図をキリヤ様が作成しているのであれば、これからの話はよほど興味深いモノになるだろう)と半ば確信しながら。
多分この情報は神官達が禊という神事の元で褥を共にした各国の王や王族そして、その周りの貴族達から得た情報を基にキリヤ様が作成した代物なのだろう。
ただ、神に祈るだけの生活をしていると思い込んでいたこの神殿の内部は思っていた以上に機能的な場所らしい。ただ、何のためかという疑問も残ってはいたものの。
「遅くなってしまって済まない」
ロウソクの灯りを光輪のように背負ったキリヤ様の涼やかな声が掛けられるまで、壁の地図に見入っていたせいで気付くのが遅れた。
振り返って見て、その聖神官らしさと共に違和感を抱いてしまったが。
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