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第30話
戦さ神の「戦記」を読む限り、彼が人であった時代に「戦死者をなるべく出さないように」と必死に考えて時には彼が進んで矢面に立つなどの緻密な作戦を立てていたことは神殿にのみ伝わる書物には明瞭に書いてあったので。
時代が下るにつれて「兵力」と「勝敗」がほぼ同じだという「単純」かつ粗雑なものになってしまっていたのを憂いていたのは、キリヤ自身もそうだが、戦神になった御方も同様だろう。
ファロスを引き止めてしまったのも、そして紫色の聖神官服ではない純白の衣を纏ってしまったのもキリヤ自身が望んだこと「も」確かだったが、神の御意に動かされたのかもしれない。
ただ、ファロスの端整な容貌を見て、そして素肌の熱い感触を思い出して心も身体も熱くなっているのを密かに持て余しているのはキリヤ自身の気持ちだけのような気もした、多分。
「こんな感じでどうでしょうか?」
ファロスが不意に顔を上げてキリヤを見た。恥ずかしいことを考えていたせいで目を逸らしてしまいそうになるのを必死に抑えて、ついでに内心を堅く繕ってキリヤはファロスから未だ乾いていない羊皮紙を受け取った。
指が震えていないことだけが救いのような気がした。
「『人ではなくて、霧の合図と共に石を使って堰を築けとの啓示が下った。全ては神のお告げに従え』か。良いのではないか?神殿の人間が持っていてもおかしくない文章だ」
先程の眉を顰めた表情も見惚れるばかりだったが、キリヤを見上げるファロスの太陽に似た眼差しを受け止めると、また心が妖しく騒いでしまっている自分自身に戸惑ってしまう。
「私の従者ではなくて、神殿の方を本当にお借りしても良いのでしょうか?中立を貫くのが古くからの習わしになっているというのに」
律義で誠実そうな感じの表情と口調がよりファロスの根本的な性格を浮き彫りにしているようだった。
キリヤが見る限りではファロスも参謀という役目にも向いている頭脳の持ち主のようではあったが、根本的には善人というか非情に徹し切れてはいないような感じだった。
その点もキリヤはとても慕わしく思ったが。
「この手紙の内容なら、万が一にでも敵の手に渡ってもいくらでも言い逃れが出来る。その点もファロスが考慮してくれたので大変助かる」
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