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第32話
「美味美食を堪能していると申し上げたいのですが……。調べものとか考えを書いて私の頭の中を整理するのに精一杯でして主に片手で食べられるもの、そして冷えても充分に美味しいものを用意させています」
神殿に仕える――主に下働きを務めにしている――助修士でも一目で神殿所属だと分かる格好をしているので、戦神の帰依の厚い周辺各国では知らない人間はいないだろう。その最も心利いた、そして体力も充分以上にある人を急いで呼ぶようにと、扉の外で命じて、私室に戻って聞いてみた。
ファロスとて国王陛下に仕える貴族なのだから――参謀としての名前が売れるのはこの戦で華々しい殊勲を立てた後のことだろうが――温かくて豪華な食事を屋敷で食しているのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。安堵と共に、共通点が有ったことも何だか嬉しかった。
「一応は毒殺を警戒して――いえ、敵国ではなくてしがない一族のお家騒動のようなものです。伯爵家の当主ですが、それでも家督を狙っている親戚がいないわけではないので。
ですから、銀の食器は念のために使っています。といっても私の場合は当主に代々受け継がれた物で、私はそれよりも書物や各国の動静を探るために色々な国に密かに移住したり旅の踊り子に成り切っていたりする人間への謝礼というか、その国の重要人物に少しでも近づけるようにするための金子に代々の財産を使いたいので、名だたる大商人よりも質素な食生活です。同盟を締結したという情報もそういう部下達がいち早く教えてくれたので、国王陛下に奏上出来ましたし、作戦も練れたというわけです」
ファロスはごく当たり前のような感じでキリヤに告げると漆黒の闇に似た前髪――貴族の嗜みとしては長いのもきっと、策を練っている時間を優先させたに違いない。
兵力の差が勝敗を決める「単純」な戦さはしたくないというファロスの気持ちの象徴だろうとキリヤは思った。
「それなら、冷めきった食事でも構わないな……」
キリヤは何だか心が軽くなってそう勧めた。
「はい。キリヤ様のお話を聞きながら、いえ的確なご意見を拝聴出来ることに比べれば冷たい食事で充分です」
ファロスを先程のテーブルへと手で招いた。ファロスの凛々しげな唇が動く度にキリヤの唇にファロスの口づけの感触が鮮やかに蘇ってくるのを必死に気取られないようにしながら。
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