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コインランドリー・デートスポット

だるそうに腕で引き戸を押しやる姿を下から見上げていると、ちらりと男が佐倉を見やる。 そこで佐倉は自分がこの男を観察しすぎていた事に気づかされ、慌てて参考書を顔の前に掲げて熟読しているふりをした。 男からの眼差しが消えるまで心臓が爆発しそうだった。難癖つけられたらどうしよう。こんな体格いい人に絡まれたら空いている洗濯機に突っ込まれて洗濯されてしまうかもしれない。 縮こまる佐倉を尻目に男が頭上で軽く息を吐く。びくりと肩を震わせた佐倉の隣を通り過ぎた。 そして回っている洗濯機から一つ飛ばした場所に、持っていた洗濯物を無造作に突っ込み始めた。どうやら「なに見てんだよ」展開は避けられたらしい。緊張から解き放たれ身体が軽くなり、頭を後ろに反らした。 それから男は全ての洗濯物を収納し、小銭を穴にいれようとする。真っ黒で何の飾り気もない革製の財布がちらりと見えた。落としたりしたら見つけるのが大変そうだ。 がちゃ、と洗濯機が起動した音と共にくるりと男が此方を振り返る。それよりも早く視線を本に戻せた自分の反射神経に自身が最も驚いた。 よし、このお兄さんも後は時間を潰すだけだろう。この狭い室内に留まる可能性はきっと、ない。 願望でもあったが、世間一般から考えてこの一睨みで人間を殴り飛ばしそうなお兄さんが、赤の他人である俺と空気を共有するのも嫌だろう、という憶測が頭を過ぎる。佐倉だって先客にこんな人が居たらそそくさと近場の公園に移動する。 そう考え、肩の力を抜こうとした瞬間、どさっと入り口を挟んでもう一つおいてあるソファに誰かが座る音。あ、この人割と他人のこと気にしないタイプだ。 人は見かけによらないもので、お兄さんは佐倉のように小心者の思考回路をお持ちではなかったようで、ポケットに手を突っ込んで何処かを眺めているお兄さんの横顔を恐る恐る、盗み見る。横顔は相変わらず不機嫌に溢れかえっていた。 どうしよう、気にしないのが一番なんだろうけど、時々頬を掠める視線が痛い。佐倉がお兄さんを気にしているように、お兄さんも佐倉を気にしているように感じられた。 自意識過剰なだけかもしれないし「お前がさっさと出て行け」という催促のサインなのかも。 もしそうだとしても先客である佐倉が移動するのも変な話だ。サインの意味を履き違え、逆にこのお兄さんを不快にさせてしまうかも、だなんて考えれば考えるほど気遣いに脳内が絡め取られていく。  結局のところ佐倉にできたのは、奇妙なこの空間で頭に入ってこない参考書とにらめっこをすることだけだった。ぎこちない態度をとってることに自覚はある。  どうせこれ一回きりだ。こんなのが何度も繰り返される訳がない。今回はたまたま相手にとっても佐倉にとっても運が悪かっただけ。 だから安心して良いよお兄さん。もう二度と出会うこともないから。心の中で囁いたのに、ちょうどお兄さんがまたこちらの様子を伺った気配がしたので心臓が縮むかと思った。 濃厚で空っぽな雰囲気に満たされている室内に、救いの音が鳴り響く。慌てて立ち上がり、とまった洗濯機の扉をあけると柔軟剤の柔らかい香りが乾いた空気を塗り替えてくれた。 この匂い、お日様の香りと称したら正しいのだろうか。平日にお昼寝しているとお日様に揺られているような心地になる時がある。それと似た心地になれた。 ほかほか眠気を微かに催しながら洗濯物を詰め込む。重くなった籠を持ち上げそそくさと参考書を一番上に乗せた。 逃げげるように引き戸をあけ放ち、外に飛び出す寸前、佐倉はまたも無意識にお兄さんを伺ってしまっていた。  盗み見る度に何かしらマイナス感情を感じているというのに、本当に懲りない。お兄さんはじっと床下を眺めている。その横顔は少しだけ悲しそうに見えたし、眠そうにも、何か思案に耽っているようにも見えた。 なにかもやもやする気持ちと洗濯籠を抱えながら自転車に跨がる。 先に籠を置いてから乗れば良かったものの、どこか上の空だった佐倉は足を自転車にぶつけてしまい、支えが緩んでいる自転車が倒れかけた。慌てて籠を地面に落とし、自転車のハンドルを掴む。はぁ、と情けない思いを五月の空に吐き出して、帰路につこうとした瞬間だった。 「ねえ、君」

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