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コインランドリー・デートスポット
気配を、一切感じなかった。いつからそこに居たのか、久坂がコインランドリーの壁に肩を預けて立っている。珍しく佐倉の前で煙草を吸っていた。相変わらず瞳に微睡みを携えている彼はいつものラフな服装ではなく、スーツに身を包んでいた。
きっちりネクタイを締めている姿は、佐倉の知る久坂の姿とは違っていて、一瞬どう反応して良いか迷ってしまう。お仕事帰りなのかも。脳内で無理矢理結論付けている佐倉を横目に、久坂は続ける。
「さっきの人、友達?」
「久坂さん悪い冗談やめてくださいよ。なんか俺の自転車の籠がゴミ箱に見えたらしく……相当酔ってたんでしょ、やられちゃいましたよ。お酒は程々が一番ですね」
腕組みをして静かに佐倉を伺ってくる目が更に細められる。気にくわない、と久坂の口から聞こえてきたような気がした。彼は幻聴を微睡みに紛れ込ませるように、白い煙を吐いた。
さり気ない仕草が絵になるのが不思議で仕方ない。佐倉と世間話を咲かせていた久坂は大人で、子どもである佐倉の話を上手く聞いてくれる温和な人柄だった。
煙草をアンニュイに吸う光景なんてちっとも似合わない。側に居る人間の眠気をたゆませる優しい香りの柔軟剤が似合う大人だった筈だ。今まですれ違ったことすらない、感じたこともない陰鬱とした佇まいに肩身が狭い。
「ああいう奴はいい目に合わないから大丈夫だよ。いつか痛い思いをするさ」
君が感じた以上の嫌な思いを。
不穏な響きで吐き出された言葉に、静かな湖面に小石を投げ込んでしまったようなざわつきが胸を駆け抜ける。これ以上ここに居たくないのでコインランドリーに滑り込んだ。相変わらず閑古鳥が鳴いている。佐倉が中に入ると、少し間を置いて久坂も続いた。初めの頃ならきっとなんでついてくるんだと肩をすくめている。
「もうそんなに怒った顔しないでくださいよ。前言ってたのって本当だったんですね」
「怒りっぽいって話?やっと信じてくれた?今まで嘘だと思われてたなんて心外だ」
「それも嘘ってオチですか?」
「どうだろうか」
久坂が低く笑ったところで唸っていた洗濯機がゆるやかに動きを止めた。久坂は音に反応して右から二番目の扉に手をかける。久坂は基本的に二番目の台を使って、佐倉はその左隣を使う。それが些細な暗黙の了解になっていた。気付かぬうちにルールが一つ増えて窮屈な筈なのに妙に心地よい。日常に混じった当たり前みたいに、習慣に染み渡っていく。
「腕どうかしたんですか」
だからこそ、久坂のぎこちない動きについ口がでた。洗濯物を取り込むのにさっきから左手を使っていない。時折支えるために差し出すがすぐに力なく垂れ下がる左腕を指さしながら久坂は笑った。
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