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大きい子ども
「坊ちゃんは偉いねー勉強なんてまじめにする高校生とかいないと思ってたよ」
痛みから復活した赤松はずれた色眼鏡を押し上げる。蹲っていた際に上から除いた赤い瞳の輝きが消えていく。
「馬鹿野郎。学生の本分は勉学だろ。俺は将来役に立つことをきちんとしたいんだ」
びしっ!シャーペンの先を突き付けながら言い放つ。偉そうなことを言いつつも将来の夢はまだ特にない。
「うーん。立派だー坊ちゃん絶対将来成功するよね!」
「そりゃどうも」
「ところでそろそろ襲っていい?」
「却下拒絶拒否絶対無理嫌だ」
全力でお断りする俺に、赤松は「えーなんでー」と残念そうに俯く。なんで?はこっちのセリフだ卸すぞ。三枚ぐらいに卸すぞ。そのまま干物にしてやろうか。
どういう流れで襲う襲わないの話になったんだろうか?勉強からどうして性的欲求にすり替わったのか。ナチュラルすぎて俺が気づいてないだけかも。んなわけねえだろ。こいつの頭が吹っ飛んでるだけだ。
赤松の脳内で再生されている会話と食い違いが酷いため、頭を抱える。いかん頭痛が。国語の古文が長文で出たレベルの痛みだ。
「じゃあ勉強頑張ってねー」
ひらひらと手を振って部屋から出て行った。やっと出て行きやがった。気分屋かよ。満足したらさっさと帰る。気まぐれな猫みたいで世話が焼けた。
俺は自分の肩を揉みほぐす。赤松の相手をするだけで、勉強する労力より倍以上使用した気が。それだけあの男の相手は消耗するんだよな。肉体的にも精神的にも。
さて気合い入れなおすか。遊んでる暇はもう残されていない。
くるりと椅子を回して再び机と向き直る。さっきまでなかったはずの、コーラの缶が目に入った。
赤松が来るまでは確かになかった飲み物に、しばらく考え込んだ。あいつしか、いないよな。俺をからかってる間にそっと置いたのだろう。そこらへんの手つきは気配を感じさせないというか。慣れているというか。
きんきんに冷えた黒いラベルを見下ろす。案外コーラは好きだったりした。俺の好み、わかってんだな。
「………素直に渡せばいいのに」
差し入れに困惑しながらも、俺はコーラのプルタブをこじ開けた。変態からの贈り物だけど、せっかくだから飲んでやることにした。
俺ほんと優しい。モテまくっててもおかしくないだろ!ぶつぶつ言いながら力を込めて引っ張る。
同時に黒い液体が飛び出してきた。
「ぎゃあああああ!?」
口に飛び込んできたコーラに悲鳴をあげる。鼻の穴にまで入りやがったよこの炭酸!しみる!あっ目にもちょっと入った!いてえええええ!えっやばい相当痛い!染みる!目を強く擦って赤くなった目をあける。涙で滲んだ視界に猛烈な苛立ちが込み上げてきた。
「赤松この野郎!!」
俺に手渡す前に振ってやがったな!リズムに乗りながら缶をシェイクする赤松が容易に想像できて腹の中が熱くなる。
怒りに身を任せてドアを蹴破り、廊下をにらみつけると、すたこら角を曲がる赤松を発見した。呑気に鼻歌を吹きながらひょっこり顔だして、べーっと舌を突き出された。あいつ!
テストのことはしばらく忘れてそれから赤松と俺の鬼ごっこは数時間に及んだ。甲斐田が赤松を連れてきてくれなかったら本気でずっと追いかけてたわ。
猫みたいに襟首を引きずられ、甲斐田に連行された赤松の最初の一言は「めんごめんごー」だったので、黙って振っておいた炭酸を顔面に発射してやった。ざまあみろ!
甲斐田が物欲しげに俺を見つめていたが、無視した。勿論全力で気づかないふりをした。
翌日のテストは合格点ぎりぎりだった。合格したならまあオッケーだ!
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