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しばらく景色を堪能して、車に戻った。これから家に帰って、非日常は終わる。明日からはまた、いつもの毎日に戻る。
そう思っていた。
「今日は楽しかった! 俺、オズと海見れてよかった。すっごい綺麗だったな。多分死ぬまで忘れないと思う! 」
「そう、だね。」
心から嬉しそうに笑うセルジオの瞳と目が合うと、内心でひどく動揺した。どうしてだろうか、嫌な予感がした。この翠をもう見ることができないかもしれない、という得体の知れない恐怖。
「オズ、どうした? 疲れた?」
「あー、うん、そうかも」
自分でもどうしてだかわからない。セルジオの言う通り、疲れてるんだろうか。ざわめく心を落ち着かせるために、助手席のセルジオを抱き寄せる。
「え、何? 大丈夫? 具合悪いなら運転変わるよ」
「セルジオ不足。ただ今チャージ中です……」
「えー、なにそれ!」
セルジオは笑った。そんな笑顔を見るだけでなんだか切なくて、彼の頬に手を添え、キスをした。
呆れたように微笑みながらもキスに応えるセルジオをもう一度強く抱きしめたあと、前に向きなおり、ハンドルに手を置く。
「運転変わろうか?」
「いや、大丈夫だよ。運転っていっても、ハンドルに手置いて前方注意してればいいだけだしね。自動運転だし」
「それもそうか。じゃあオズドライバー、よろしくお願いします」
イエントリアで自動運転が取り入れられてから、もう20年以上が経っていた。ほぼ全ての車線が自動運転レーンとなっており、一部の特殊車両以外は、自動運転車への乗り換えが義務付けられた。それ以来急激に交通事故の件数が減ったらしい。
だから、あんなことは、起こるはずがなかった。
車の中では、ごく普通の会話を交わしていた。今日の夕飯の献立は何にする、とか、明日の仕事がめんどくさい、など。
そんなありきたりな話をしていた時、左から猛スピードで走行する車が目に入った。これはただ事ではない、と思い緊急停止ブレーキを踏み、車を停止させた。こういうことが起こるのは故意で危険運転をしているか、システムの故障が原因かの二択だ。万が一後者であると大事故が起こる恐れがあるため、速やかに、交通局に連絡をする必要があった。
その自動車は、停止させた俺の車の前をものすごい勢いで駆け抜けた。
一旦危険を回避し、油断していた。
セルジオと顔を見合わせ、ほっと息をついた。彼に交通局への連絡を頼んで、車を再発進させようとした……その時。
体に、大きな衝撃が走った。
何が起こったのか、把握する間も無く朦朧とし始めた意識の中、セルジオの方に手を伸ばす。しかし、届かなかった。体が動かなかった。
悪い予感が、当たってしまった。
きんきんと甲高い音だけが脳内を反響する中、そんなことがふと頭をよぎった。
セルジオの安否を確認することもできないまま、俺の意識は暗闇に引き摺り込まれた。
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