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いつのまにか、自分は泣き疲れて眠っていたようだ。次に目を覚ましたときに待っていたのはにこやかな医者だった。
「オズワルドくん、君の意識が戻って本当に良かったよ。運ばれてきたときはショック状態が酷くて大変だったけど、奇跡的に、本当に致命的な傷は無くてね、意識が戻ったからもう大丈夫だよ。特に障害も残っていない。あとは、傷が癒えるのを待って、しっかりリハビリをすれば、また普通の生活を送れる」
「あの……、
……やっぱりなんでもないです」
セルジオのことを尋ねようと思ったが、やめた。どうせ聞いても結末は変わらない。
セルジオがもう戻らないという事実は変えられない。
「そうかい? とにかくまずは傷を治すのが先決だ。頑張れよ」
オズワルドの事情を知っているのか、医者は優しく微笑んで、励ますようにそう言った。
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入院中、家族や友人、医者や看護師が励ますような言葉を沢山かけてくれたが、どの言葉も俺の心には響かず、右から左へと通り抜けていった。
一方、心の傷は癒えずとも、 体の傷は順調に癒えていった。リハビリにも通って、激しい動きでなければ、日常生活を送れるようになったころ、退院した。
実家に帰っておいでと両親は言ったが、断った。セルジオと二人で暮らしたあの家が、自分の家だ。セルジオに続き、あの家までも手放すなんて、そんなことは出来ない。
あの日セルジオの死を知らされた時以来、魂が抜けたように生きてきて、涙さえも出なかったが、退院後初めて帰宅した時には、また泣いた。
セルジオが生きていた時のまま、変わっていない部屋の様子を見ると、ふと、おかえり、と彼の声が聞こえてきそうな気がした。
そして我に帰る。
彼はここにはいないし、帰ってくることも二度とない。そんな事実が胸をきつく締め付ける。2人で過ごしたこの家。いろいろなことがあった。楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、幸せなことも、セルジオと共にここで体験してきた。
玄関のドアに背を預け、しゃがみこむようにして頭を抱えた。情けないくらいの嗚咽を漏らし、気がすむまで泣き叫んだ。
気がすむまで……そんなふうに思ったものの、悲哀はいつまでも過ぎ去ることはなかった。玄関先にうずくまったまま、気がつくと朝日が顔を出していた。一体どれくらいの時間こうしていたのだろう。
ふらりと立ち上がって室内に入る。目に入った座りなれたソファに、身を投げるようにして腰掛けた。
天を仰ぐようにソファに体を預け、脱力する。目を閉じる度、瞼に浮かぶのはセルジオの姿だ。
今あるのは、哀しさや辛さだけではあるが、久し振りに感情を取り戻したような気がする。ここ最近は何に対しても無感動だった。セルジオの存在が染み付いたこの部屋では、自分は人間らしさを取り戻せる。
やっぱり、セルジオは俺にとって無くてはならない存在なんだ。例え二度と会えないとしても、その存在は俺の心の中で生き続けている。
そう思って瞳を閉じると、今度脳裏に浮かぶのはセルジオの笑顔だった。その笑顔につられて、僅かに頬が緩んだ時、ハッとした。
今回の事故は、何かがおかしかったはずだ。目の前を走り過ぎた車は、どう見ても異常だったし、自動運転システムの下で事故が起こるのは普通ではあり得ない。
これだ、と思った。今自分がするべき事は、セルジオの命を奪った本当の原因を突き止める事だ。
明日からを生きていくための、目的を見つけた。少なくとも、これを果たすまでは死ねない。
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