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20 :ヘイデン視点
研究所を訪れてから、1週間が経った。今日はあのヒューマノイドが届く日だ。エシリルから電話で伝えられた予定時刻まであと少し。なんだか落ち着かない。
必要なものは揃えた。部屋や衣服など……もう一度頭で確認しているうちに、チャイムの音が屋敷に響き渡った。玄関の戸を開くと、大きな箱を二人がかりで持つ男がいた。
「エシリル様から、ヒューマノイドのお届けです」
「ありがとう。二階の部屋まで運んでもらえるかな?」
「ええ、かしこまりました」
爽やかな雰囲気を纏う男二人組は嫌な顔1つせず荷物を階上へ運ぶと、速やかに退出していった。
「それでは、これで失礼します。もし何かあったらご連絡を、とエシリル様が」
「そうか。ご苦労だった」
男たちが出ていくのを見送り、早速部屋へと戻る。
机と椅子、ベッドだけがある質素な部屋だ。床に置かれた大きな棺桶のような白い箱のそばに腰を下ろした。
あらかじめ受け取っていた取扱説明書には、従来のヒューマノイドと同様の扱い方の他、いくつか興味深い事が綴られていた。
このヒューマノイドは、栄養を摂る必要があるらしい。専用のタブレットを与えるか、人間と同様の食事を摂らせなければいけない。食事の場合は排泄の必要もある。
もう一つは、ある程度の睡眠も必要だということ。その日の疲労度にもよるが、1日に少なくとも4時間半の睡眠が必要であると記されていた。
こんなヒューマノイドは今までなかった。食事に睡眠と、まるで本物の人間のようだ。人間らしいロボットを作るには、人間らしい生活から、とでも言うのだろうか。
一体どんな機体が入っているのだろう。今まで以上の期待に、胸が踊るのを感じる。蓋に手をかけ、軽く深呼吸をする。
この、ヒューマノイドの箱を開ける瞬間には、なんとも言えない高揚感がある。
グッと力をかけ、開けた箱の中身に、驚嘆した。
これは、少年だ。それもとびきり美しい。恋人タイプでの注文のため、てっきり女型ヒューマノイドが届くと思っていた。
少年から大人の体へと変わる途中、というのが妥当な表現だろうか、その艶やかさに幾許か倒錯的な物を感じる。
目は閉じているものの、その端麗な容姿は見て取れる。さらりとした黒髪に、赤くぷっくりとした唇、うっすら染まる頬、顔に影を落とす長い睫毛。その全てが見事に調和していて、今まで見た少年の誰よりも美しい。
顔から体へと視線を落としていく。彼は線の細い、比較的華奢な体躯を有していた。白い肌に映える桃色の乳首がやけに目を引いた。腰や手足もやけに扇情的だ。
男に興味はないと思っていたが、こんなにも眉目麗しいと、興味の有無は問題ではない。否応無しに目を奪われる。
外見を注視するのも良いが、そろそろ起動させたい。そう思って、彼の胸に手をかざすと、ポンっと機械的な音がしたのち、少年の声が響いた。
「PBヒューマノイド、プロトタイプ0003、起動します」
低すぎず高すぎない、スッと耳に入ってくるような優しい声だ。
「起動完了しました。名前の設定を行ってください。名前を音声入力し、胸に綴りを、指先を使って記してください」
彼は……セシルだ。セシルと名付けよう。用意しておいた女性名は使えなかったが、ふと思い浮かんだ名前は彼に相応しいような気がした。
「続いて、主人の登録を行います。ヒューマノイドは、はじめに目にした人を主人と認識します。30秒後に瞳を開きます。主人となる方は、ヒューマノイドのすぐに目に入る位置に移動してください」
部屋には自分の他誰もいないので、移動はせず、箱の隣に腰をおろした状態で待つ。この30秒がやけに長く感じられる。
ごそ、と身じろぐ音が聞こえた。
白い手が箱の縁を掴むと、ゆっくりと上半身が起き上がる。彼は、身体を起こし、少しあたりを見回すと、すぐに私を見つけた。
「ご主人様?」
思わず息を呑んだ。黒く長い睫毛に縁取られた瞳は、吸い込まれそうなほどに美しい翠色だ。
まるで宝石のような、他に類を見ない美しい瞳に見つめられると、何も言葉を発せられなかった。
「はじめまして。ご主人様。セシルと申します。よろしくお願いします」
とても自然な声のトーンで、少し目を細めてふわりと微笑みながら挨拶をするセシルは、凄まじく可憐だ。
「ご主人様、僕はあなたをなんとお呼びしたらいいでしょう?」
「あ、ああ、そのままでいい」
「では、このまま、ご主人様で」
つっかかりながらの私の返事に、彼はにこりと笑う。
「ご主人様?」
瞳を晒した彼からは先ほど以上に視線を離せない。ぼんやりとその優美さを眺める私を不思議に思ったのか、彼は私に呼びかけた。
「お、おう、そうだな、まずは屋敷を案内しよう。その前に服を着ようか。下着だけだと、落ち着かないだろう」
何か話さなくては、と思いついたことを述べ、用意しておいた衣服の入った箱を手渡した。
「あっ……はい、ありがとうございます」
今の言葉で、服を身につけていないことに気づいたのか、ぱっと視線を自身の体に走らせると、恥ずかしそうに顔を赤らめ箱を受け取った。
箱を開けて、服を取り出したセシルは、より一段と頬を染め、こちらを見た。
「ご主人様! あの……これって……」
セシルの手の中にあるのは、女物のメイド服。女型ヒューマノイドが来ると思っていたのだ。用意していたのも当然女物。妖美を漂わせるセシルに気を取られ、そんなことなどすっかり忘れていた。
艶やかな少年が、メイド服を持つその姿は、倒錯に拍車がかかっていて、思わず顔に血がのぼるのを感じた。
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