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仕事を終えたのは昼過ぎだった。今日は唯一あの事故を記事にした新聞社を尋ねてみる。どれだけ必死になって事故の詳細を探ってみてもその記事以外は何も見つからなかった。だったら実際にあの記事を書いた記者に会って話を聞けばいい。
会社を出て、自転車に乗る。交通局のシステムに不具合が疑われる今、自動車やその他の交通機関を使うのは危険だと判断し、あの事故以来外出する時は自転車を使用していた。
会社からそれほど離れていないその新聞社の受付に顔を出す。
「先程連絡したオズワルド=ディアスです。この辺りの地域新聞の発行を担当している方にお会いしたいのですが」
「ああ、ディアスさんですね。今担当の者を呼びますので、少々お待ちください」
そう言って受付嬢はニッコリと微笑む。作り笑いではあるがごく自然なそれに、不意にセルジオの笑顔を重ねてしまう。あいつもよく笑うやつだった、なんてことを思い出して、ぐっと胸が痛んだ。
……事故の真相くらいは解き明かしてみせるから。
再びそう胸に刻んだ時、気前の良さそうな中年の女性に声をかけられた。
「こんばんは、ディアスさん。この街の地域新聞の編集長をしているエミリーだ。とりあえず応接室に行こうか」
「こんばんは。お忙しい中、急なアポイントメントに応じていただきありがとうございます」
「いやいや、全然構わんよ。こんな小さな新聞社だ、忙しい事の方が珍しいくらいなんだよ。客人が来てくれて私は嬉しいよ。さ、お掛けなさい」
肌寒い季節になってきていたが、応接室は暖房が効いていて暖かい。
「それにしても、うちの新聞みたいなマイナーなやつ、よく読んでるね」
こと、耳触りの良い音を立てて、湯気を立てる熱いお茶が目の前に出される。
「ありがとうございます、エミリーさん」
「もう随分寒くなったからね、あったかいの飲んで体暖めなさい」
母親を思わせるような笑顔を見せてエミリーは笑った。
「実は、お会いしたい記者がいるんです。ある事件について調べていてるんですが、この新聞以外何も情報がなくて」
鞄から携帯デバイスを取り出し、新聞の記事を映し出す。それを見た彼女はサッと顔を曇らせた。数秒間沈黙が続いた後、彼女は話し始める。
「……実はね、その記事を書いた記者は今行方不明になっているんだ」
「……え?」
「ちょうどその新聞を発行して1週間程の頃からかな、彼に連絡がつかなくなって。家にも行ってみたが、いないんだ。親族にも連絡したが、彼らも行方は知らず、今は捜索願が出されてる」
「そんな……」
なんと返事をしたらいいのか、適切な言葉が思いつかなかったが、彼女は続けた。
「彼はね、長い間うちの記者として頑張ってくれててね、責任感があって真面目なやつだ。その事故についても熱心に調べていた。とても、誰にも伝えずに姿をくらます様なやつとは思えない。何かが起こったんだろうとは思っていたが、捜索願を出すくらいのことしか出来なくてね……」
「そう、でしたか……」
いよいよおかしいと思った。徹底した情報規制と口封じをされたとしか思えないタイミングで消えた記者。この事件はかなり大きな権力が全力で揉み消そうとしている。どうやって真相に辿り付こうか、と頭を悩ませていると、エミリーが口を開く。
「ディアスさん。あなたはどうしてこの事件について調べてるんだい?」
そう聞かれ、事実を伝えるか迷ったが、彼女の知り合いもこの事件に巻き込まれていると思うと、ありのままを伝えるのがベストだと思った。
「私はこの事故に巻き込まれたんです。セルジオ……同乗していた私の恋人はこの事故のせいで、亡くなりました。だから、絶対に……原因を突き止めたくて」
「……そうかい。悪いことを聞いたね」
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