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第25話
由里は…ぎゅっとはさみを逆手に、握りしめて…刃先を下に向け、右手を振り上げる…
『早く――!!』
追い立てるかのような…
頭に響く声…
そのまま…重力も加わり凶器を握る右手を躊躇いなく振り下ろす。
ザクッ…
「…痛ッ!」
反射的にハサミを横に引くと…皮膚を裂くような感覚…
ビクッ、と神経を伝うような痛みが左手首から溢れ…
熱くドクドクと流れ出る赤い液体…
ジクジクと痛む…手首…
じわっと…瞳に涙が浮かぶ…
「いた…い…」
朦朧としているが…左手首の痛みだけは、脳に直接届いてくる感覚…
ふいに響く声…
『大丈夫か?痛むか?』
「と…さん」
痛いとき…いつも心配してくれてた…
優しい父さん…ぼくだけの…
『痛いな…けど、生きているからこそ…痛いんだ、痛みは生きている証…わかるか?ヨシヤス…』
そう…父さんは言ってた。
痛い…けど、生きてるから…痛いし、苦しいし、寂しいし、嬉しいし…楽しい…
父さんとも話せる。
痛いのは嫌だけど…心配してもらえて…嬉しかった…
死んだら…もう、父さんと話せない…
お母さんと話せないように…死んだら、二度と…
「っ…死にたく、ない…」
父さんと話せなくなるのは嫌だ…
ハサミを離して、手首を抑えて、流れ出る血液を止めようとする。
しばらくして…出血は止まった。
痛みはまだある…
生きているから…
しかしだんだんと意識が朦朧としてくる。
夢の中を漂っているような…
浮いているような…変な感覚…
気付けば左手首の痛みが消えていた。
「…っ」
楽な筈なのに…急に恐怖感がおそってくる由里。
痛くなくなったら…
死んでしまう。
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