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第2話
無事にキャバ嬢トモちゃんのバースデーパーティを終え、いい思いをした次の日。金を返さない代わりに礼だけはせねばと、馨の住むマンションに足を向けた。
プレゼントを買った時のお釣り(と言うには凄い額)は、既にお店で使い果たしている。調子に乗った結果だ。
再び薄っぺらくなった財布から捻り出して、手土産を買った。マンションの近くにある店の、最高に旨いプリンだ。
馨に一個、俺に二個。
「はやく食いてぇな~。馨、何時に帰って来んのかな」
十八時の定時きっかりに仕事が終わる俺と違って、馨の帰りは遅い。それでも俺が『今日部屋にいくぞー』と連絡を入れれば、それなりに早く帰って来てくれる。
「はー、さむさむ」
二月に入れば寒さもピークを迎える。あっと言う間に温まる馨の部屋に入って、早く暖をとりたい。急く気持ちのまま乗り込んだマンションのエレベーターには、贅沢にも暖房がついていた。
「あれ、美香ちん…?」
やっと辿りついた馨の部屋の前、ぼんやりと美香が立っていた。肌の色は前見たときよりも随分とマシになっていたのに、その表情は暗い。
「え、どうしたの? 馨ならまだ帰らないと思うよ?」
「知ってる」
美香が俺を睨みつける。
「あ、えーと」
「…番号を忘れたの。ドア、開けてくれない?」
「あ、あぁ…ごめんごめん、すぐ開ける」
迷いなく暗証番号を打ち込む俺を見る美香の顔は険しい。ピピ、と開錠音が鳴ると美香は、俺を押し退けて部屋の中へと入った。
黒い、革張りのソファにバッグを投げ捨てる。投げやりな態度のまま振り返った彼女は、その真っ赤な唇を歪めた。
「ねぇ、裕典くん。私って魅力ないのかな」
魅力の塊のような人が、そんなことを口にした。
「え、どうして!? めちゃくちゃ魅力的だと思うけど!?」
「でも馨くんは、一度も私を褒めてくれたことがないの。愛してるって、言ってくれないの」
「いやぁ…そんなことは無いと思うけど…」
「私、本当はここの暗証番号、知らないの」
「えっ、」
「友達には教えてて、私に教えてくれないなんておかしくない!?」
馨が何を考えて女と付き合っているかなんて、俺が知るわけない。けど、なんとなく。美香に限らず馨は、その女たちを愛しているから付き合った訳ではないと感じていた。だけどそんなこと、バカ正直に口にはできない。
「でも、アイツはアイツなりに美香ちんのこと好きなんじゃない…?」
「そう思う? 私が浮気したら、怒ってくれると思う? 私を見てくれると思う?」
「えっ!?」
「ねぇ、裕典くん」
カラフルに彩られた美香の指先が、俺の腕を捕らえた。
「私と、エッチしない?」
「えっ!?」
「ずっと私のこと、そういう目で見てたでしょ? 気付いたてよ」
思わず俺は、カッと顔を赤らめた。
「えっ! あの…ごめん! でも俺、ちゃんとその辺りは弁えて…」
「裕典くん」
俺の腕を掴む美香の手の力が強まった。瞳からポロリと涙が落ちる。
「お願い。このままじゃ私、馨くんに捨てられちゃう。他の男に取られそうになったら、私の大切さに気づいてくれるんじゃないかと思うの。最後の手段なのよ」
俺はポカンと口をあけた。だってこんな美人が、浮気相手に俺を…?
「私、別に馨くんに殴られたって構わないの。だって好きだもの」
「え、でもさ、一応俺はアイツの幼馴染で、親友で…」
「裕典くんッ」
「うっ」
腕を掴まれ、ぎゅっと胸に押し当てられたら…俺の思考は一気にそっちに傾いてしまう。頭の中はもう煩悩でいっぱいだ。馨が帰ってくるまで、まだ三時間は余裕があるはず。それだけあれば、一回くらい大丈夫だろうか。
「えっと…ここで…」
「馨くんのベッドで、すぐしよ。ね?」
強気な瞳に涙を浮かべて誘われてしまえば俺はもう、白旗を上げるしかなかった。
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