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第3話
何度も達して疲れたのか、少年はあどけない表情で眠っている。
月明かりがそんな少年の表情を照らしていた。
アントワーヌはその月の雫が落ちたような髪をそっと撫でた。それから無防備な額にそっと口づける。
「アシール……」
……愛しい。
ふたたび髪を撫でながらその想いがせり上がってきて、彼は自嘲した。
それが、家族に対するだけのものではなかったから。
この少年は彼の兄の息子だ。愛しいのはかまわないが、それは子供に対するものではなくてはならない。
その肌を上気させて、意識がなくなるまで抱き尽くしたいなど、本来ならば言語道断なのだ。実際先ほど自分がやっていたのはそういうことだったような気がするが、それはあくまでも自分が憑依されて不安定な彼の精神を安定させる役割を担わされているだけで。
愛おしさとは無縁の行為だ。
「叔父さん。やることやったら早く帰ってください」
いつの間にか瞳を開けていた少年が、うざったそうに髪を撫でていたアントワーヌを見つめていた。
「相変わらずつれないな。昔は叔父さん叔父さんってよく抱きついてきてくれたじゃないか」
冷えた眼差しで射すくめられた。怒っていても美しい。彼が怒りの表情を見せるのは、儀式の時のうつろななにもかも諦めたような表情よりはよかった。
小さな子供のまっすぐな愛情を裏切ったのは自分たち大人だとわかっていたから。自分たちにも逆らえない、大いなる流れがあったにしても。
「兄弟の息子と身体を重ねて喜んでいるなんて、あなたもとんだ変態ですよ」
とっくに気づかれているのはわかっている。役割を越えて自分が彼を抱きたいと思っていることを。そうでなければ自分は、この世界で彼の唯一の救いになれたかもしれないのに。
「許してくれ。おまえは悪くない」
「僕は、あなたに抱かれて快楽を貪る自分が許せない…っ」
少年の頬から涙が零れ落ちた。
「わかってる。悪いのは俺だよ。死んだら地獄に落ちるのは俺だけにしてくれるよう神様に頼んでみるから、おまえは心配するな」
「馬鹿じゃないのか……」
「なあ、アシール」
その濡れた頰に触れて、そっと囁いた。
「おまえが本当にここがいやなら、俺はおまえを連れて逃げてやる」
少年は一瞬呆気に取られた顔をして、それから渋面を作った。
「僕は一緒に逃げてもあなたとなんか寝ませんよ」
「それはしかたないだろう。俺の方がおかしいんだから。おまえの下男でもやって暮らすさ。俺の顔を見たくないなら、生活費だけ送ってやる。生活できるようになったら縁を切るし」
怒りを乗せていた少年の顔が崩れた。声が震えている。
「父さんに、…ダンジュー家に、逆らえる人なんて誰もいませんよ。地の底へだって、きっと追いかけてくる」
それはそのとおりだった。彼がいなくなったら、一族の未来はなくなるだろう。
「わかってる。兄さんを見てきて、この家に何十年と住んでいた俺がわからないと思うか」
今は少年を支配している兄も、かつては少年と同じ立場にいたのだ。それを自分はずっと知っていた。子供だったからなにもできず、なにもせずに運命に身を任せていただけだ。今こういうことを言ってしまうのは、幼い頃の兄にも罪悪感を持っているからかもしれなかった。
少年はそれ見たことかという表情だ。
「でも無理だからって、おまえや、おまえの子供まで我慢しなきゃいけないことにはならないだろう」
少年の瞳からまた涙が零れる。
「馬鹿げた考えですよ。きっと僕は連れ戻されて、あなたは殺される」
「別にいい」
「よくない。僕はあなたが死ぬのはいやです」
涙に濡れそぼつ瞳を閉じて、少年が自分に口づけてきた。舌を絡める濃厚な接吻。
「…アシール……」
これはきっと他に優しくしてくれる人のいない彼の気の迷いだ。それでも嬉しくなって、下半身を勃ち上がらせ始めてしまう自分が浅ましかったが、気づかないふりをしてそっと少年の肩を押してそこから逃れる。
「おまえの人生はまだ長い。きっと死んだ俺のことなんて考えなくても幸せな未来があるよ」
「アントワーヌ」
少年が自分の名前を呼んだ。叔父とではなく。
「あなたは僕が好きでしょう」
なにもかも見透かす眼差しで、甥が言った。アントワーヌはごまかすように少年を腕の中に抱き寄せた。
「ああ、ずっと小さいころからかわいいと思ってるよ」
「僕に嘘をついてもしかたないですよ」
そっと少年のてのひらが自分の下半身を撫でてきて、アントワーヌは小さく舌打ちした。
「ああ、そうだな。本当はおまえを閉じこめて俺だけのものにして、恋人のように飽きるまで抱きたいと思ってる」
「そうすればいい。そうしたら、僕はもっとちゃんとあなたを憎めます」
彼は唇だけで微笑んだ。本当は憎ませてやった方が彼も楽になるのだろう。それを選べないのは、自分の弱さでずるさだ。
「じゃあやっぱり一緒に逃げるか。それで人里離れた山小屋かなんかで、死ぬほどやりまくろう」
少年は腕の中で頭を振る。
「なあアシール、アルプスの山々を知ってるか。寒いが本当に美しい。寒いから空気が澄んでいてな。湖もいい。いつかおまえにも見せてやりたいな……」
自分がやめないので、甥は不満げに力いっぱい自分の指を噛んだ。
「痛っ」
「それはいやです。そんな、自殺みたいなのは」
手を引っこめて眉を顰めたアントワーヌに、冷たい眼差しが注がれる。
「ああ、まったくおまえは頑なだな。いつでも気が向いたら言ってくれ」
笑みを含ませてそう言って、少年の額に口づけた。
「アントワーヌ。どこにも行かなくていいから、恋人のように抱いてください」
再び唇を寄せてくる少年の口づけに応える。腰どうしがぶつかって、熱が伝わってくる。硬くなっているのは自分だけではなかった。
「じゃあまた今度、なんの予定もない時にな。今日はもう遅い。お互いに疲れているだろうし」
「子供扱いするな」
不満を乗せた声がする。
「俺のかわいいアシール。お互い疲れている時は無理をしないのが大人の恋人どうしだよ」
そう言って髪を撫でる。
なんだかまともそうなことを言ってしまった。自分だってこの家にいて、まともな恋愛なんてしたことがないくせに。
大人はいつだってずるいのだ。
「もう寝ろ。遅いんだから」
黙り込んだ少年にそう言って、抱き寄せた背中を優しく撫でた。
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