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僕と影 13
「お、俺…僕は…っ。」
なんて事をしてしまったんだ。
こんなにも穢い僕を救い出そうとしてくれた、真っ直ぐなあの人を。
僕はこの手で殺そうとした。
「うわ、すげえ散らかってるな。」
お盆にお茶を乗せて戻ってきた浩は、部屋に入るなり驚いた様子を見せた。休憩しろって言っただろ、そう言ってゆっくりと座る姿から目が離せない。
傷付けそうで…、怖い。
だから、僕は貴方から離れなければいけない。
でも、最後に呼ばせて。貴方の名前を…
「浩…っ。」
久しぶりに呼ぶその名前。懐かしい響きに、それだけで胸が温かくなって、同時にずきりと痛む。だって、浩が嬉しそうな顔をするから…。
「っ…!…思い、出したのか…?」
「思い出したよ。…全部。」
そう言うと泣きそうな顔で浩は僕を抱き締める。
「良かった…。本当に…よかった…っ…。」
温かな体の熱が伝わってきて、トクトク聞こえてくる鼓動も心地よい。卑怯かもしれないけど、これが最後だから…。最後にこの温もりを感じさせて。
そして、ゆっくりと僕も浩の背中に手をまわした。
「うん…。心配かけてごめんなさい。」
ほんの少しだけ、沈黙の時が流れて。
「いや…、いい。そんな事より、早く帰ろう?俺たちの家に…。」
「……っ。」
駄目だ。これ以上は。決心が揺らいでしまわないうちに。
だから、僕はそっと浩の胸を押して、体を離した。
「か、ず…?」
「帰らないよ。」
「は…。」
そんな顔しないで。胸が痛い。
「僕は…浩の家には帰らないよ…。浩は僕なんかと一緒にいるべきじゃないよ。」
「何、言って…。」
「だって、僕は浩を殺そうとしたんだよ…?」
ハッと笑いが漏れる。そうだ。おかしい。自分を殺そうとした人と一緒に居たいなんて、どうかしてる。
「それはっ、あいつのせいだ!和は悪くない!!」
「違う…!!全部っ、僕のせいだ!!僕のせいでみんなが不幸になる…!だったら…!!」
「ッやめろ……!!」
近くにあったカッターを掴んで。後は頸の動脈を切るだけ。
これで僕は死ぬんだ───。
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