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1-7 課長さんは気苦労が絶えない!
「真壁さん真壁さん真壁さぁんタスケテー」
インターホンから聞こえてきた袖野の不吉な台詞にヨコは足早に玄関に向かいドアを勢いよく開けた。
ドアを開けた先には不審な男が立っていた。
むしろ男なのかどうかも疑わしく、
しかし女かどうかというと程遠い。
暫くヨコはドアを開けたままの状態で立ち尽くしてしまった。
「…おかしい…確かに袖野さんの声が聞こえたはずなのに…」
ヨコは呆然と呟いた。
目の前に真っ赤なチャイナ服をパッツンパッツンに着こなした人物が立っている。
背が高く、筋肉質な肉体がチャイナ服の良さを根こそぎ奪っていた。
この寒空の下、網タイツで半袖なのも如何なものかと思う。
「袖野なんですう!」
その証言にヨコは絶望した。
「……新手のプロレスラーかな?」
「違うんですわ…話せば長くなるけど薄っぺらい内容の経緯がありまして…
いやそんな事より七瀬さんをお届けに参ったんです」
素直な感想を述べてしまったヨコであったが、
そんな事と一蹴した彼の懐の広さに感服である。
チャイナボーイ袖野は家の前の道路で待機していたタクシーを指差した。
ヨコはやっと玄関から出てそちらへ向かう。
タクシーの後ろの座席にナナメが寝転がっている。
ヨコは運転手に謝りながらもタクシーの中に顔を突っ込んだ。
「ナナメ…家だぞ起きろ」
肩を揺すって声をかけるがナナメは動かない。
「すみません…七瀬さん飲めへんのに…
これ着せられてる間にやられましたわ」
ヨコは仕方なく、ナナメを抱え上げてタクシーから降ろした。
運転手は呆れたように笑っている。
「袖野さんタクシーで来たんですね…」
ヨコは彼を心の中で勇敢なる者、勇者と呼ぶことにした。
「めっちゃ変な目で見られましたわ~
そらチャイナ服のおっさんがおっさん担いで乗り込んでくるとか意味わからんわな」
袖野はケラケラと笑った。
運転手側からすると相当に笑い事ではなかっただろう。
タクシー業界に残る伝説となるに違いない。
「一先ず家入ってください…着替えとかないんですか」
「それが戻ってこないんですわイジメですよねえ」
なぜそう明るくしていられるのかヨコにはわからなかったが、
出版業界とはこういう感じのノリなのかもしれない。
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