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1-32 齟齬と真意は戀愛なりや?

車が通る大通りに出て雪雛をタクシーに押し込んだ後、袖野は一人とぼとぼと駅に向かった。 今日は散々だ。 この後世界が終わってもなにも文句言えないと思う程だった。 「グラドルは重いし、雪雛センセは面倒だし、……あと…」 ミナミくんは。と呟こうとして、はっとなり笑って誤魔化した。 彼の好きだという意味は、 どういう意味なんだろう。 こんな崖っぷちのおじさんをからかっているんだろうか。 そうとしか思えない、そうと思いたい…。 そんなことを考えてしまいながら駅の階段を重い足取りで降りていった。 「…袖野さん、袖野さんっ!」 ドタバタと足音が聞こえ、袖野は静止した。 次の瞬間腕を掴まれる。 「あの、袖野さん、あの…っ」 恐る恐る振り返ると、そこにはミナミがいた。 走ってきたのか息を切らせて、 いつになく必死そうな表情で思わずどきりとしてしまう。 笑わなくては。 袖野は咄嗟に自分を叱咤して、無理矢理笑みをうかべた。 「お、おーミナミくん。さっきぶりぃ」 そう言って何か小粋なジョークでもと考えるが言葉が出てこない。 そうこうしているとミナミはぎゅっと腕を掴んでくる。 「袖野さん、あの、…っ」 何を言われるのか、色々想像して頭がクラクラする。 やめろ、やめてくれ。全部要らん誤解なんだ。 自分は雪雛とそんな関係でもない。 かといってミナミが好きなわけでも…。 ひょっとすると彼の好きも誤解なのかもしれないし。 そうやってクラクラしているとミナミは背伸びして顔を近づけてくる。 「一緒に帰っていいですか!!!」 「……違………はえ?」 「一緒に帰っていいですか!!!」 二回も言われ袖野は彼の顔をまじまじと見た。 いつになく真剣なボンクラ顔は、真っ直ぐとこちらを見ていた。 「すみません。あんな所で袖野さんに会えるなんて思ってなくて これは夢か?と思ってビンタしてもらったらめっちゃ痛くて! いってーってなってたら見失っちゃって…でもよかった間に合って」 ミナミはそう言ってへらりと笑った。 なにを言っているのかまるで理解不能である。 思考停止しかけている袖野はついつられてへらりと笑ってしまった。 「今日オレマジでツイてるっす」 ミナミは一人ではしゃいで喜んでいる。 なんと無邪気な笑顔であろうか。 ギャルとか巨乳とか、全く意に返さず ただひたすら彼は自分を追いかけてきたというのか。 笑った状態のまま固まっている袖野をミナミは見上げてくる。 「……袖野さん?」 不思議そうに見つめられ、袖野はなんだかもう 彼のボンクラさは考えても無駄なような気になり 疲れとあれこれで何も考えられなくなり彼の頭をぐしゃりと撫でた。 「…っ?わ、わ…っ?」 ぐしゃぐしゃぐしゃと髪の毛を乱しまくるとミナミはぼけっと口を開けてこちらを見てくる。 頭上にクエスチョンマークをいっぱい浮かべているような表情の彼に袖野はケラケラ笑った。 「鳥の巣みたいやな」 そう言ってなおも笑いながらも階段を下りるのを再開した。

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