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1-39 君想えばこそ。

「………。」 彼がどうして自分のことが好きなのかすら全然わからないのに。 胸が締め付けられる。指先が疼く。 自覚してしまいそうで、怖くなって袖野は隣の車両に移ろうかと 頭の中で自らを叱咤するように呟く。 しかし、何故だか覚える妙な違和感を頼りに 足は僅かな隙間を探して彼の方へと向かっていた。 ミナミは俯きがちになって、 片手で口を押さえているようだった。 気分でも悪いのだろうか。 透明人間の走らせすぎで酔ったのかもしれない。 だが目を細めてよく見てみるとその手はミナミの手ではなかったのだ。 「…え……」 サッと体から血の気が引くような感覚だった。 手が離れ、ミナミは泣きそうな顔で後ろを伺うように眼を動かしている。 彼の後ろにはマスクをした人物が立っていた。 ツバのある帽子を目深くかぶり、怪しい感じである。 「…すみ、ません…!失礼、失礼します…っ」 それに気付くや否や袖野は人に阻まれながらも彼の元へ急いだ。 たった少しの距離だが、満員電車では移動するのも一苦労で それでも彼の元にいかねばならないという気持ちでいっぱいだった。 ようやくミナミの後ろ姿が捉えられるところまで移動するとその手足を駆使して ミナミの後ろに立つ男の肩を掴んだ。

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