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2-5 ラストオブ恋
自分は恋なんかするべき人間ではないと諦めていたのに、今は最後の恋をしている。
それだけで、充分。何もいらない。
満足している…しかし、
世界は別にそんな事情を考慮してはくれないらしい。
「袖野さぁん」
甘い声で腕に絡みついてくる女を見下ろし袖野は苦笑した。
多分これはいわゆる、人生で3回はあるというあれだ。
モテ期である。
ラストオブモテ期。
「……へい」
袖野は曖昧に返事しながらもどうにかその谷間から腕を抜くことができないかと模索した。
なんだかしょっちゅうこんなことをしている気がする。
彼女は星風ゆりえ。
絶賛売り出し中のモデルで、
彼女が写真集を出すにあたり緊縛師としてなんやかんやさせられた時に知り合ったのだが
最近何かまた本を出すとかで、袖野の所属する編集社にくるようになってしまったのだ。
とはいえ部署も階も違うのにわざわざこうして足を運んでくださるのだから
何かしら邪な想いを抱かれているだろうことは明白であった。
「ねえこの後時間ある?」
腕を組まれたままパチパチと瞬きをされ、
その大きな瞳には苦笑せざるを得なかった。
「いやぁ…あいにく仕事が立て込んでおりまして」
それは本当にそうなのだが、こんなにも仕事が立て込んでいて良かったと思ったことはない。
ええー、とゆりえは口を尖らせる。
「この前言ってたお店、連れて行こうと思ったのにぃ」
「はぁ…すみません…」
とはいえそんなに親しくもないし相手は一応芸能人である。
手荒な真似は出来ず、かといって深入りされても困るため
袖野はどう対応したものかと困っていた。
「もー!いいもん懲りずに誘うから」
彼女はそう言って頬を膨らませて怒ったふりをした。
えもいわれぬ心地になったが袖野は苦笑して誤魔化すほかなかった。
やがて彼女はぐいっと腕を引っ張って顔を寄せてくる。
「ねぇ袖野さん、また写真集出すときは縛ってね?…ね?」
官能小説のような台詞を甘い声で囁かれ、妙な感覚に陥りそうになる。
そうして何も反応できずにいるとするりと彼女は腕を離し、ひらひらと片手を振ると去って行ってしまった。
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