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4-2 生きてる人間の方が怖い
「あ…」
思わず声を零すと、それに気付いた新人が振り返る。
僅かに開いたドアの隙間から恐ろしく血走った目が覗いていて
新人は、ヒィ…ッ!と叫びながら飛び上がった。
「いつからそこにいたんです…?」
袖野は仕方なくそちらへ歩いて行って、ドアを開けてやろうとしたが
向こうで抑えられているのかなかなか開かない。
隙間からは青白い顔とそれを覆うような真っ黒な髪、血走る目が覗いている。それだけで想像しようにも女性とも男性とも取れない恐ろしい生物のようだった。
「私が用があるのは前担さんだけです…」
血走る目に睨まれて、袖野は苦笑しながらおじさん達を振り返った。
「前担ちゃん」
ドアの隙間を指差すと、前担はこちらを見て驚いたように立ち上がった。
「あ、アサギリ先生…」
「どうして電話にでてくれないんですかぁ…?
随分と楽しそうですね…私の電話には出てくれないのに…」
どこか泣いているような声に、前担は慌ててこちらに走ってきた。
袖野は対応を彼に任せることにして、自分の席へと戻った。
すみません、と謝りながら部屋を出ていく彼に残されたおじさん達はニヤニヤと笑った。
「ほとんど幽霊じゃん…」
「マジでメンヘラになっとんなぁアサギリせんせ…」
「び、びっくりしたぁ…心臓止まるかと思った…」
口々に感想を言う面々に、袖野はため息をつきながら仕事を再開させる。
一癖も二癖もある作家達の相手をするのはやはり平和とは程遠い所にあるらしい。
「次の特集、怪談とかどう?」
「幽霊とお清めセックス?」
最低なことを言い出し始めるおじさん達であるが
こういうくだらない雑談は割と本当に実現してしまうから恐ろしい事である。
「幽霊って足無いんじゃないですか?」
「お口があるじゃん」
「俺は胸があればいける」
「そういうもんですか…?」
意味不明な事を言い出すおじさん達には、
全く本物の幽霊よりも生きている変態の方が怖いのではないだろうか、と袖野は苦笑するのだった。
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