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4-3 生きてる人間の方が怖い
地獄のような会話をしていると、再びドアが勢いよく開かれた。
紙の束を持った編集長が頭を掻きながら入ってきて、平社員達は口を閉じる。
彼は真っ直ぐ袖野の席にやってくるので、嫌な予感を感じながら顔を上げた。
明確に彼に見下ろされると、逃げられないことを悟り袖野は首を傾けた。
やはりここは地獄で、平和というのは長く続かないらしい。
「袖野っちーご依頼」
「…うわぁやばい予感…」
「バカヤロー羨ましい仕事を譲ってやるんぞ感謝しろ」
「ええ…?」
「去年からできた、女版特センあんだろ?」
女版特セン、という雑な説明に袖野は少々思考を巡らせた。
「あー…あのWebの…?」
確か、女性向けに官能小説を発信するWebマガジン系の部署だった気がする。
昨年上のフロアにその部署が爆誕したとは風の噂で聞いていたが。
「そ。あっちの企画で本格官能小説特集みたいなんヤりてえからって話。
で、まああっちでもいけそうなんをいくつか見繕って話聞いてこい。」
「はぁ…」
編集長の言葉に袖野は苦笑しながらも頷いた。
女性向けの官能小説がどの程度なのかは分からないが、
時代と逆行しつつある特選Novelsから出せそうな作家は限られそうだ。
パッと思い浮かぶのは袖野が担当している五虎七瀬だろうか。
だからこちらに回って来たのかもしれない。
「ちゅーわけでこの件基本任せてよき?」
「拒否権…」
「無いね。んじゃよろしく」
無理矢理押し付けられ、編集長は紙の束の中からいくつかを袖野の机に勝手に置いて自分の席に戻って行った。
女版特セン、というまた一波乱ありそうな響きに袖野は編集長の背中をついつい目で追ってしまうのだった。
「ドンマイ、袖野っち!」
小声でおっさんその2がエールを送ってきて、袖野は彼に変顔を披露しておいた。
編集長に気付かれる前に置いて行かれた書類を手に取り、
そのやたらとキラキラのフォントで描かれた企画書に眉根を寄せる。
面倒くさそう、と素直な感想を心の中でぼやきながら
仕方なく目を通し始める袖野であった。
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