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第8話

 (あずさ)、とバリトンの声が梓を呼ぶ。    いつの間にかベッドに押し倒されていた梓は、とろりと潤む瞳で男を見上げた。  梓の顔の横に手を付いて、こちらを覗き込んでくる漆黒(しっこく)が、その男らしく整った顔に躊躇の色を浮べていた。 「おまえ、女とヤったこと、あるか?」  問いかけに、梓は首を横に振る。  漆黒の唇から、嘆息が漏れた。先ほど、梓の口を散々吸った唇だ。  タバコの苦みは、男の舌に翻弄されているうちに、気にならなくなった。    やさしい口づけだった。  キスが、あんなに気持ちいいものだということを、梓は初めて知った。  漆黒が、くしゃりと前髪を掻き上げる。  シャープな頬のラインも、きれいに整えられた顎髭も、少し鋭い瞳も……こんなに格好いい大人の男のひとに、本当に抱かれるのだろうか。  改めてそう考えると、梓の頬がカッと熱くなる。 「……はぁ……マジか……」  ぼそり、と漆黒が呟きを落とす。 「子ども相手に勃つのか……俺……」  ぐしゃぐしゃと少し癖のある髪を乱して……諦めるように吐息した男が、細めた目で梓を見下ろした。    ……そうか、我慢しているのは梓だけではないのだ。  漆黒だって、こんな、色気のイの字もない梓なんか、進んで抱きたいわけじゃないのだろう。これが、漆黒の仕事なのだ。  きっと……先ほどの、キスだって……彼にしてみれば、誰とでもできるものの、ひとつなのだ。  梓はこくりと喉を鳴らした。  なぜ、胸がちくりとしたのだろう。よくわからない。 「梓。やめるなら、いまだぞ」  漆黒が、自分こそがやめたそうな顔をして、そう言ってきた。  梓は首を横に振った。  やめる、という選択肢は、梓には存在しない。  梓はここで……性技を覚えて……そして……。  先のことを考えるのは、恐ろしい。  震えそうになる指先を、握り込んで。  梓は恐怖から逃れるように、 「なにをすればいいですか」  と尋ねた。  漆黒が驚いたように目を見開いて……それから鼻の頭にしわを寄せて、小さく笑った。 「取り敢えず今日は、寝転んどけ。俺がぜんぶしてやる」    ごそり、と動いた漆黒の大きな手が、ワンピースのような白い梓の服の中に潜り込んできた。  裾をたくし上げられ……梓は羞恥にもぞりと内股をこすりあわせる。  漆黒がハッとしたような表情になり、それからひと息に梓から服を剥ぎ取った。    白い貫頭衣の下は裸で……梓は下着さえ身に着けていなかったのだ。 「……なんて恰好させられてんだよ……」  唸るようにそう言った男へと、梓は咄嗟に謝った。 「す、すみません……」 「いや……おまえのせいじゃねぇよな。わかってんだよ……くそっ、勝手が狂うぜ」  チッと舌打ちを漏らして。  漆黒が梓の裸体を見下ろした。  筋肉のついた男の体に比べると、恥ずかしくなるほど貧相な裸である。  梓は真っ赤になって、股間を隠した。    真っ白だな、と漆黒が言った。  いや、真っ新だな、と言ったのかもしれない。  男が眉間に深いしわを刻んで、一度、目を閉じた。  数秒を、そのままで過ごして。  次に目を開いたとき、漆黒のその双眸は、蕩けるような色香を孕んでいた。 「梓。舌を出せ」  男に命じられ、梓はおずおずと唇の隙間から、舌先を覗かせた。 「もっとだ」  漆黒が梓の顔の横の手をついて、覆いかぶさってくる。    梓はピンク色の舌を、限界まで伸ばした。 「良い子だ」  低い、男の声が、そう梓を褒めて。  梓の舌が、近付いてきた男の口の中に吸い込まれた。  舌の腹同士をぬるぬるとこすりつけるような、濃厚な口づけを与えられる。  唾液ごと舌先を吸われて、梓の背がシーツから浮き上がった。 「うんっ……ん、ん、んんっ」  水音の合間に、鼻声が漏れる。  先ほど覚えたばかりのキスの快感に……梓は溺れた。  漆黒のあたたかなてのひらが、梓の肌の上を這った。  わき腹を撫で上げる動きがくすぐったくて、梓は身を捩る。  不意に、胸の突起に男の指が掠った。  最初は特に気にも留めなかった。  しかし、口内を愛撫されながら、くに、くに、と小さな粒を摘ままれている内に、おかしな感覚が湧き起ってくる。 「ふ……ぁ、ん、ん」  ひくん、と肩が揺れた。  無意識の動作だった。  なんだろう……じっとしていられない。  もぞもぞと腰が動いてしまう。  口づけがようやく解かれた。  濡れた男の唇が、首筋を辿り、耳朶をしゃぶってくる。 「感じるか?」  鼓膜が低い囁きに震えた。 「あっ」  梓は狼狽えた声を上げた。  耳が、じんじんと熱を持っている。  咄嗟にてのひらを漆黒の唇と耳の間に割り込ませると、漆黒がにやりと笑った。 「素直に感じる、良い子だな、梓」    男のやさしいバリトンが、また梓を褒める。  梓は……漆黒の男らしく整った顔を見上げて……こくり、と喉を鳴らした。  漆黒に舐められた耳が熱い。    梓はおかしい。  体が、なんだかおかしい。  漆黒の指がまた、両の乳首を弄り始めた。  ビリビリとしたような感触が、体の内側を走り回って。  梓は、自身の性器が、じわ……と濡れるのを感じた。    

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