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第9話

 きめ細かでやわらかな肌は、無垢で。  漆黒(しっこく)は湧き上がる罪悪感を意志のちからで抑え込んだ。  こんな……年端も行かぬ子どもを抱く羽目になろうとは……。    警察官、という立場の己が、胸の内側で暴れている。  いますぐその手を止めろと、大声で叫んでいる。  しかし、止めるな、続けろ、と言っている自分もまた、警察官で……。  淫花廓(ここ)の違法行為を暴くために潜入までしておきながら、めぼしい収穫もないままにすごすごと引き下がる気か、と発破をかけてくるのだった。  そうだ。  漆黒の、ゆうずい邸の男娼という身分は偽りだ。  警察手帳も、拳銃も、制服も……警官であるという証拠はなにひとつ持ってはいなかったが、漆黒は、警察の人間なのだ。  そのことを忘れた日はない。    司法のお偉いさんや、政財界の大物との繋がりを盾に、堂々と売春宿を経営しているあの楼主の男。  そして、黒い金が飛び交っているであろう淫花廓の経営状況。  暴力団との癒着。  そういった諸々の罪を暴くための証拠を手に入れようと、漆黒は淫花廓に潜ったのである。    それなのに、いま。  漆黒の体の下には、子どもが居て……。  黒く、潤んだような瞳で漆黒を見上げている。  丸い頬を撫でてやると、目元が桃色に染まった。  可愛い顔だった。  性別は男であるが、少年期特有の、どちらの性にもなりきれないような危うさと怪しさが、細い体には潜んでいて……。  一体誰がなんの理由で、こんな子どもに性技を覚えさせようとしているのか、という疑問が涌いてくる。 「(あずさ)」  少年の名前を囁く声音で呼ぶと、ひくん、と肩を揺らした梓が、 「は、はい」  と上ずった声で答えた。  真っ(さら)な彼の体は、敏感だった。  ディープキスなど、したことがないのだろう唇も、舌も。  白桃のような可愛らしい耳朶も。  胸の、小さな粒も。  漆黒がどこを触っても、彼は素直に反応した。 「手を退()けてみろ」  漆黒がそう促すと、人形のように大きな瞳に羞恥の色が乗り、艶っぽく潤む。  梓の両手は、全裸の股間を隠しており、それを退けろと漆黒は言ったのだった。  恥ずかしそうに、もごもごと唇が動いて……けれど梓は、嫌とは言わずに、そろそろと両手をシーツの上へ置いた。  華奢な体躯に相応しいペニスが、ぴょんと勃ち上がって震えている。  その鈴口の割れ目からは、透明な液体がぬるぬると滲み出していた。 「自分では(いじ)らねぇのか?」  梓の性器の、あまりに初々しい色に、漆黒は思わずそう尋ねた。  言葉責めのつもりはなかったが、梓が恥ずかしそうな表情で首を横に振る。 「ぼ、僕、あんまり……た、多分、淡白な方で……」 「淡白、ねぇ……」  漆黒は首を捻りながら梓のそこへと手を伸ばした。  梓は恐らく、中学生ぐらいだろう。  自分がその年代だったときは、どうだっただろうか。昔すぎて忘れてしまった。    しかし、梓の陰部に、ちょろりとした下生えがあって助かった。  これで無毛だったならば、漆黒の罪悪感はさらに大きくなっただろう。 「もう生えてんだな。あと数年もしたら、ぼーぼーになるぞ」  髪に比べると少し硬い感触の陰毛を指先で摘まんで、くいくいと軽く引っ張りながら、漆黒は揶揄う口調でそう言った。  すると梓が、またまた頬を染めて、両手で顔を隠してしまった。 「ぼ、僕、やっぱり、薄いですか……?」 「ん? ああ、まぁ中学生ならこんなもんだろ」 「僕……17歳です」 「はぁっ?」  思わず、素っ頓狂な声が漏れてしまう。  漆黒は梓の手首を掴み、顔を覆っている手を引き剥がした。  梓の大きな目が、羞恥に潤みながらこちらを見てくる。 「僕、17歳です」  桜色の唇が、同じ言葉を繰り返す。 「……嘘だろ?」 「ほ、本当ですっ」 「俺はてっきり、14、5だと……そうか、おまえ、17か……」  思っていたより年齢が上だったからと言って、彼が青少年である18歳以下ということには変わりなかったが、漆黒は少しだけ安堵した。 「おまえが思ったよりもガキじゃなくて……安心した」 「え、……ひぁっ」  びくんっ、と梓が肩を揺らした。  漆黒が梓の性器を撫でたからだ。  指先で裏筋を辿り、くびれの部分をくすぐって、濃いピンク色をした先端を弄る。 「あっ、あ、あぅっ」 「こうやって触られるの、初めてか?」 「は、はいっ、あっ、あっ、あっ」 「今日は気持ちいいことだけしような、梓?」 「は、はい、え? あ、あっ、あっ」  快楽の蜜を零す梓のそれは、漆黒の手の中ですぐにパンパンに張りつめた。  普段ろくに自慰もしていないのなら、快感に耐性もないだろう。  おまけにそれを扱いているのは、男娼の漆黒だ。  数分も保たないだろうな、と思った漆黒の予感は当たっていた。  梓はすぐに限界を訴えた。 「やっ、も、もう、だめ、ですっ、あっ、あっ、あっ」 「出していいぞ」 「えっ、あ、だめ、で、出るっ、あっ、あっ、出るっ出るっ」    マットレスの上で、梓の体が勢いよく跳ねた。  かくかく、と腰を前後に振る生理的な動きを見せて。  梓の性器から、白濁がぴゅっと飛ぶ。    白く粘つく残滓を、指先でほじった漆黒は、イったばかりの梓の表情に目を奪われた。    とろりと半眼になった、黒い瞳と。  うっすらと開いた唇。  真っ白なベビースキンは、薄桃色に染まっていて。  子どもながらに、色気のある表情だった。  漆黒は、改めて思う。  一体梓は、なんのために淫花廓(ここ)へ来たのか、と。  漆黒はなぜ、梓に性技を仕込めと言われたのか、と。  梓に教えるのは、(とこ)での作法だけではない。     楼主に言われた言葉を、頭の中で反芻する。 (オツムの方は、足りねぇぐらいでいいんだ。ただ、高級料亭に行き慣れてるボンボンぐらいには、仕上げてもらわなけりゃならねぇ)    性技は徹底的に仕込め。  礼儀作法はそれなりに。  けれど、知能は不要。  どんなオーダーだ、と漆黒は眉をひそめた。  どう考えても、真っ当なことに梓が使われるとは思えない。  梓自身は、ひと月を淫花廓で過ごしたその後の己の処遇、というものは把握しているのだろうか。  もしかして……。上手く、梓を使うことができれば……。  漆黒は、淫花廓の違法行為の証拠を押さえることが、できるのかもしれない。  不意にそんな考えが閃いて。  漆黒は、ごくりと喉を鳴らした。  淫花廓へ来て早三年。  楼主をお縄にできるだけの証拠はなにひとつ掴めていない。  外に居る捜査官との連絡もままならず、日々を男娼として過ごしていると、徐々に自分のアイデンティティが曖昧になってゆく。  自分は男娼なのか、警察官なのか。  漆黒を、警察官たらしめるものは、淫花廓(ここ)にはなにもなくて……ただ己の意志だけを、己自身で支えてくるしかなかった。    二重生活もとうに限界を迎えている。  利用できるものならば、それが子どもだろうが構わない。    早く淫花廓を摘発できるだけの材料を揃えて……外の世界と連絡を取り、堂々と、警察官である自分を取り戻すのだ。  漆黒は、くたりと横たわっている梓を見下ろし、微笑んだ。 「梓。もう一回、出させてやる」 「え……?」 「気持ちいいこと、教えてほしいんだろ?」   わざと低い声での囁きを、耳元に吹き込んでやると、梓が頬を赤らめて、ひくんと肩を揺らした。 「はい……」  こくりと頷いた子どもの目は、純真で。  漆黒の声に蕩かされているのが、透けて見えるようだった……。

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