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第10話

 漆黒、という男はやさしい。   「いい子だな、梓」  と、彼はベッドの中でよくその言葉を口にする。  男のバリトンに震えるのは、鼓膜だけではなかった。  梓の胸の奥も、梓、と呼ばれる度に甘く微かに震える……。  気持ちいいことだけをしような、とそう言った漆黒は、本当に、痛いことなどひとつもしなかった。  初日は、男の指が梓の性器を弄り、何度も射精へと導いた。  ペニスと乳首を同時にこねまわされている内に、もはや性感帯がどちらなのかわからなくなり、梓は乱れながら泣いた。  二日目には、後ろの準備の仕方を教えられた。  排泄器官としてしか認識していなかったそこを、きれいにする方法、潤す方法、それから……そこで感じる方法を、漆黒は丁寧に教えてくれた。  梓は生まれて初めて、後孔に指を挿れられたわけだが、じっくりとほぐされたそこは、異物感はあったが痛みは皆無で……男の節の高い指で中をこすられている内に、ひどく感じる場所があることに気付かされた。  特別なことじゃねぇよ、と漆黒は言った。 「風俗でもな、ここを弄ったりするんだ。前立腺って言ってな。フェラよりも前立腺マッサージの方が感じるって奴も居るから、特別なことじゃねぇんだ。下手くそな男に当たったときはな、自分でちゃんと腰を振って、ここに当てるようにしてみろ。そうしたら、おまえも気持ちよくなれるから」  語りながら男は、くちゅくちゅと水音を立てて、前立腺の場所を梓に教え込んだ。 「腰を動かしてみろ。俺の指に当てるんだ」  促されるままに、梓は仰向けの姿勢で、ベッドの上で腰をおずおずと前後に降った。  自分で当てる、というのはなかなか難しい。  けれど、しばらくそうやっている内に、後孔に挿入された漆黒の指の形を把握し、うまく感じる場所に当てられるようになった。 「……ふっ、ん、ん、ん……」  鼻に掛かったような声が漏れるのが恥ずかしくて、梓は手の甲で唇を塞ぎながら、ゆさゆさと腰を振った。  そんな梓を、少し鋭い印象の双眸が見下ろし、くしゃりと笑った。 「上手だな、梓。いい子だ」  言葉で褒められるのと同時に、思いがけぬほどやさしい仕草で、頭を撫でられる。  梓は……梓はどんな表情をして良いかわからなくなり、顔を真っ赤にして男から目を逸らした。  梓の年齢はちゃんと伝えたはずなのに、漆黒からしてみれば若く見えるからだろうか、実年齢よりもずっと子ども扱いをされているような気がする。  けれどそれが嫌ではない。  梓はこんなふうに屈託なく……当たり前のように大人に甘やかされたことがなくて……気恥ずかしい気分と嬉しさがない交ぜになって、腹の奥がもぞもぞとする感覚に襲われるのだった。  梓はいつも、親友の理久をまもる立場だったから、こうして、すっぽりと大人の腕の中に収まり、ぬくもりを分け与えるように抱きしめてもらうのは初めてで……その相手がすごく格好いい容姿をしているものだから、余計に緊張してしまう。  そんな梓の内心を知ってか知らずか、漆黒はタバコの味のするキスを、やわらかく与えてくれるのだ。  三日目は、玩具を後ろに挿入された。  ひと通り後ろを弄られたのちは、奉仕の仕方を教えてもらう。  まずは漆黒が梓の性器を吸い、どこを舐められると感じるのか、どんな愛撫の仕方が気持ちいいのかを梓の体に覚え込ませた。  その次は、実践だ。  梓はベッドの端に座った漆黒の、足の間に体を置いて、床に膝をつき、男のそれへと手を伸ばした。  まだくたりと垂れている肉棒を、恐る恐る掴み、やわやわと手で扱き始める。  漆黒はリラックスした様子で、上体を少し後方へ倒し、マットレスについた手で体を支えていた。  熱い陰茎が、ほんの少し芯を持つ。  梓が上目遣いに漆黒の反応を伺うと、漆黒が軽く頷いた。 「舐めてみろ」  言われるままに、梓は唇を少し開き、自分のそれよりも数倍大きい牡の先端に、むちゅ、と口づけをする。    梓はこの、鈴口の割れ目を愛撫されると、感じすぎて泣いてしまうほどで……漆黒も感じるのだろうなと思い、ペロペロと熱心にそこを舐めた。  けれど、梓の必死な奉仕とは裏腹に、男は肩を揺すってくくっと低く笑いを漏らした。 「子犬みたいだな、梓。そんなやわっこく舐められても、くすぐったいだけだ」  全然気持ちよくないのだろうか……漆黒のそれは、硬くなってくれない。  梓は大きく口を開けて、男の肉棒を咥えてみた。  そのまま、漆黒がしてくれたように、舌で裏筋を辿りながら、唇をすぼめて顔を前後に動かした。  唾液が溢れてきたけれど、うまく飲み込めずにだらだらと零れてしまう。    漆黒にされて気持ちよかったことを思い出しながら、一生懸命顔を動かしていたら、徐々に口の中のそれが嵩を増してきた。  硬くなってゆく欲望が、嬉しくて……。  梓は、後先考えずに、さらに深くまでそれを迎え入れ……盛大にムセた。 「ぐっ……ご、ごほっ、ごほっ」  思わず男のペニスから口を離し、喉を押さえながら咳き込む。 「あ~あ、大丈夫か? おまえにはまだ早かったな」  笑いと心配をミックスしたようなバリトンが、そう言って。  伸びてきた漆黒の手が、梓の口の端に垂れた唾液を拭ってくれた。 「す、すみま、せん、……ごほっ」 「まぁいいさ。ゆっくり覚えりゃいいんだ」  他愛のない口調で、男が梓を慰めた。  ゆっくり……。  けれど梓には、ひと月、というタイムリミットがある。  ゆっくりで、大丈夫だろうか……。  心臓をきゅっと掴まれるような不安が、不意に梓を襲った。  白いシャツの胸元を握りしめて、梓は俯く。  そんな梓の両脇の下に、不意に男の腕が挿し込まれて……梓はひょいと漆黒に抱き上げられた。  そのまま、男の膝の上に座らされる。 「後で、もう少し俺のより小さい張り型で練習しような」  低い声で囁かれて、梓はこくりと頷いた。 「う、うまくできずに、すみません……」 「最初から巧い奴なんていねぇよ。ほら、梓。口開けろ」  男の指で、頬をぷにぷにと押されて、梓は唇を開いた。  フェラチオをしたばかりだというのに、漆黒の唇がすぐに吸い付いてきて、キスをされる。 「ん、んぁ……んむっ」  舌を絡められ、口腔内を探られた。    漆黒にキスを教えられて、梓の口の中がどんどんと敏感になってゆく気がする。  舌先を吸われて肩を跳ねさせると、褒めるように頭が撫でられた。 「そうだ。そうやって感じるところを覚えるんだ。口の中がよくなれば、フェラも気持ちよくなる」  一度、口づけを解いて。  男が片頬で笑った。    もう一度唇が塞がれて……。  梓は無意識に、男の頬をてのひらで包んで、引き寄せていた。    指先に、漆黒の髭の、ざらりとした感触。  それを戯れのように、梓は親指の腹で何度も撫でた。  合わさった唇が、また笑みの形に歪められたのが、わかった……。      

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