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第20話

 気持ち良くて頭がおかしくなりそうだ。  唇からは、ひっきりなしに喘ぎが零れていた。 「ひゃ、あっ、あっ、あっ」  (あずさ)の反応を見ながら、漆黒(しっこく)がゆっくりと腰を回す。  深く突き入れられたまま、ぐりぐりと奥を擦られた。 「ああーっ、あっ、い、いいっ、気持ちいいっ」  男に教えられた言葉を、舌に乗せると、自分の声に頭の芯が痺れたようになる。  気持ちいい。  気持ちいい。  気持ちいい。  快感に体が溶けてしまいそうだ。  それなのに。  胸なのかお腹なのか判別のつかないところで、なにか、切ないような感情がわだかまっていて、そのせいで梓の涙が止まってくれない。 「し、漆黒さんっ、あっ、あっ、あっ」  梓の足を抱えている男の手首を掴んで、その名を呼ぶ。  男が唇の端で笑って、上体を倒し、キスを与えてくれた。 「上手だな、梓。俺も気持ちいい」  梓の内側に収まっているその欲望へと、きゅんきゅんと絡みつく梓の後孔をそんなふうに褒められた。  漆黒が気持ちいいのなら、梓は嬉しい。  もっと、良くなって欲しい。……梓の体で。  そんな思いが伝わったのか、梓の肉筒がひくひくと蠢き、男を更に奥へと誘う動きを見せた。  漆黒が、低い呻き声を漏らして息を詰めた。 「……っつ……梓、ちょっと緩めろ」 「あぅっ、あっ、む、むり、ですっ、あっ、あっ」 「ったく……ガキのくせに、とんでもない名器だな」 「め、めい、き? あっ、あんっ」 「具合がいい、って意味だ。梓。後ろだけで、イってみるか?」 「え? あ、ああっ、あっ、あっ、あっ」  ベッドのスプリングを借りて、男の腰の動きが早まった。  ぎっ、ぎっ、と軋む音を立てながら、漆黒が逞しい男根をグラインドさせる。  筋を浮かせた幹や、張り出した亀頭部分で感じる場所をこすられて、梓は背筋(せすじ)を反らせた。 「ああっ、ひっ、あっ、ま、待ってっ」  制止の言葉を発したのに、漆黒の動きは止まらない。  それどころか益々激しくなってゆく。  パン! と腰を叩きつけられて、梓は悶えた。 「あああっ、あんっ、あっ、ま、まってっ、あっ、あっ、ああっ」  パン、パン、と陰嚢が尻にぶつかる音が響く。  漆黒は狙いを(たが)うことなく、的確に前立腺を突いてくるので、それに刺激された梓の性器はもう張りつめんばかりになっていた。 「ああっ、こ、こわいっ、あんっ、あっ、あっ、こわいっ」  (いと)けないペニスが、だらだらと先走りの雫を零している。  そこに触れられることなく、達しそうになって。  梓は(おのの)いた。  未知の感覚が這いあがって来る。  体がどうなってしまうのかわからない。  気持ち良すぎて死にそうだ。  怖い、と口走って泣く梓の頭を、漆黒があやすように撫でた。 「梓。俺も出そうだ。おまえの中は、気持ちいい」 「あっ、あっ、ぼ、ぼく、あんっ、き、気持ちいい、ですか?」  梓が涙の滲む目をこすって、男を見上げた。  梓と視線を合わせて、漆黒が笑った。  いつもの、くしゃり、としわを寄せて笑う笑い方ではなく、もっと獰猛で、色気のある微笑だった。  格好いいな、と梓はその顔を見つめてそう思った。  漆黒は仕事で梓を抱いているだけだけれど……。  梓は。  初めて相手が、漆黒で良かった、と。  そう思って、泣いた。 「あっ、あっ、だ、だめっ、だめっ」  男に揺さぶられた梓の睾丸が上がり、射精準備に入る。  内腿がぶるぶると震えた。 「あっ、イくっ、あっ、あっ、あっ、イくっ」 「梓。俺も出すぞ」  漆黒のバリトンが、艶を帯びて弾んだ。  それに何度も頷いて。  梓はがむしゃらに男の手首を握った。  無意識にそこに爪を立てると、不意に漆黒の手がくるりと動き、指に指を絡められた。  ごりゅ、と中をこすり上げたペニスが、梓の奥の奥まで侵入した。  その瞬間、媚肉が蠢き、漆黒の牡を引き絞った。  内側が痙攣すると同時に、梓も腹部を波打たせて逐情した。  梓の性器からは白濁が飛び散り、お互いの肌を汚した。  漆黒の放った精液は梓の内側で広がった。  ぶるり、と腰を震わせた漆黒のその動きにすら、梓は感じてしまう。  荒い呼吸音だけが、空気を揺らした。    梓はぐったりと、全身を弛緩させた。  繋いでいた指が離れる。  まだ触れていたかったが、初めての性交で、脱力感の方が(まさ)った。  先に呼吸を整えた漆黒が、大きなてのひらで梓の頬を撫でた。 「大丈夫か?」  問われて、曖昧に頷く。  梓の中にはまだ、漆黒のペニスが収まっていて。  引き切らない体の熱がそこに留まり、ひく、ひく、と男に絡んでいた。  漆黒が笑いながら、ずるり、と己を引き抜く。 「……あっ」  ひくん、と肩を揺らして、梓は喘いだ。  男の形にそこがぽかりと開いているのがわかる。  漆黒の放った白濁が、とろりと溢れて。  梓は真っ赤になって手でお尻を隠した。 「み、見ないで、ください……」 「なんだ、いまさら」  くくっと可笑し気に笑った男が、梓の顔の横に手をついて、顔を近付けてきた。  濡れた目尻にキスを落とされ、梓の鼻から子犬のような声が漏れる。 「今日は寝ていいぞ」 「え……」 「初めてで疲れただろ。明日からは、後始末の仕方までぜんぶ教えてやる。だから今日は、もう寝ろ」  言葉とともに降りてきた手が、梓の両目を覆った。  タバコの香りのする、男の指先。  硬くて筋張った、大人の男の手……。    梓は漆黒のてのひらが与えてくれた暗闇の中で、ゆっくりと目を閉じた。  睫毛の先が、わずかに男の手の表面をくすぐった。    シュ、とライターをこする音がした。  少しすると、漆黒の愛飲するタバコの匂いが、部屋中に広がった。  片手で梓の目を塞いだまま、もう片方の指にタバコを挟む男の姿が、瞼に浮かび上がってくる。 「……漆黒さん」  梓は小さな声で、男の名を呼んだ。  梓の裸体の上にシーツを引き寄せた漆黒が、「ん?」と短く返事をする。  梓は……。  喉につかえたような熱い感情を、一度、嚥下して。 「……ありがとうございました」  ぽつりと、お礼の言葉を呟いた。  なにも知らない梓に、男の抱かれ方を教えるため、漆黒は楼主に命令されて梓を抱いただけだ。  嫌嫌、仕事で抱いただけだ。  それはわかっている。  けれど、漆黒は丁寧だった。  最初から最後まで、大事に大事に抱いてくれた。  ……まるで、恋人同士のように。     明日からも、漆黒は梓を抱いてくれるだろう。  残された期限は、26日間。  タイムリミットのそのときまでは、梓はここで……漆黒の腕の中で過ごすことができる。    良かった、と梓は思った。  この話を受けて、良かった、と。  親の顔も知らず、施設という狭い空間で17年過ごした。  殴られることは多かったが、特別に自分が不幸だと思ったことはなかった。  理久(りく)という、己の半身のような存在も居る。    理久……元気にしているだろうか。  梓が急に居なくなって、さぞ心配しているだろう。  発作は起きてないだろうか。  誰か……梓の代わりに誰か、理久の背中をさすってくれているだろうか。    梓が役目を全う出来れば、理久はもっといい環境で過ごせるし、いい病院にもかからせてもらえる。  そのことだけを、支えに。  このひと月を乗り切ろうと、思っていたのに。  こんなにもやさしくされて、梓はしあわせだった。   「ありがとうございました」  梓はもう一度、その言葉を口にした。    恋情は、こころの奥底に閉じ込めた。    閉じた瞼の上に、眠気が圧し掛かって来る。  全身が泥のように重かった。 「バカかおまえは」  バリトンの声が、吐き捨てるように囁いた。  タバコを咥えたままなのか、その音は不明瞭だった。    梓は可笑しくなって、小さく笑った。  梓はバカだ。    先なんてない状態で、恋をするなんて。    梓はバカで、愚かで。  そして、しあわせ者だった……。      

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