35 / 54

第34話

 鬼頭(きとう)修司(しゅうじ)、という男は、(あずさ)がぼんやりと思い描いていたよりも若々しい外見をしていた。  年の頃は佐和山(さわやま)と同じ、5~60代だろうか。  体躯は引き締まっており、スーツ姿も様になっている。    その鬼頭の膝の上には、梓よりも幾ばくか年若そうな子どもが座っていた。  鬼頭が、ペットにでもするように少年の髪を撫でながら、特に興味もなさそうな視線を梓へと注いできた。  広々としたリビングには、鬼頭と少年だけではなく、鬼頭の護衛だろうか、黒服の男が2人控えていた。  梓の後ろには佐和山と、彼の舎弟が2人居る。   「随分と手間暇かけたものだな、佐和山」  棒立ちになった梓を眺めながら、鬼頭が最初にそう言った。 「それなりの身代わりを用意しなけりゃ、ベッドに雪崩(なだれ)こむ前にすぐにバレますよ」 「そんなもんかねぇ……どれ、脱いでみろ」  梓へと顎をしゃくって、鬼頭が唐突に命じてきた。  梓は一瞬、ポカンとしてしまったが、佐和山に肩を小突かれて反射的にボタンに手を掛けた。  緊張に指先が強張り、うまく動いてくれない。  梓がもたもたとしていると、 「さっさとしろ」  と、佐和山の冷たい声が投げつけられた。  梓は上の服を脱ぎ、ズボンを足から抜き落とした。  そして、少しの躊躇の後、下着も取り去る。    ソファにゆったりと座る鬼頭の視線が、梓の肌の上を這った。 「それで?」  少年の髪に指を絡ませたままで、鬼頭が問うた。 「……え?」 「それでどうすんだ。習ったのはストリップだけか? なら返金してもらわなけりゃな。おまえにはバカ高い金を払ってんだ」  梓は全裸で立ち竦み、一度ちらと佐和山を振り向いた。  佐和山が目線だけで梓を促す。    梓は恐る恐る鬼頭へと近寄った。  鬼頭が膝の上から少年の体を退()けると、少年が不服そうに唇を尖らせ、 「浮気だよ、パパ」  と言った。  唇の端でそれを笑い、鬼頭は軽く少年の頭を小突く。  少年は鬼頭の隣に並んで座り、膝を抱えて傍観の体勢に入った。  梓は床に膝をつき、鬼頭の太ももへと手を伸ばす。 「ご、ご奉仕、いたします」  なんと言えばいいのかわからずに、梓はたどたどしい口調でそう言った。    口淫の仕方は、漆黒(しっこく)に教わっている。  大丈夫。  ちゃんとできる。  自分にそう言い聞かせながら、震える指を、鬼頭の股間へと伸ばす。 「待て」  不意にストップの声がかかった。  顔を上げると、鬼頭が軽く眉を上げ、 「そんなガチガチでおしゃぶりされて、急所噛まれちゃあかなわんな。先に後ろの具合を試すか」  と、梓を見下ろしてそう言った。 「え……?」 「え、じゃねぇだろうが。孔が使えるように、自分で準備しろ。おい、アレ、貸してやれ」  鬼頭が隣へと目を向けて、少年へ告げると、少年が面倒臭そうに「え~」と言いながら立ち上がった。  短パンからすんなりと伸びた裸足の足で、トテトテと歩いて隣の部屋へ入ったかと思うと、少年はすぐに丸い形のケースをてのひらに乗せて戻って来る。 「はいこれ。僕のお気に入りだから、使ってしまわないでね」  少年に容器を差し出され、梓はおずおずとそれを受け取った。  少年が、なにを思ったのか梓のすぐ横にしゃがみ込み、肘を膝に置いて頬杖をつくと、整った顔でにっこりと笑った。 「パパってわりと短気だから、愚図愚図しない方がいいよ?」 「え……」 「やれって言われたことをちゃんとできたら、ご褒美くれるから。早くした方がいいよ?」  梓の手の中のケースのフタを、伸びてきた少年の手が開いた。  中には、琥珀色のとろりとした液体が入っている。  これで、後ろをほぐせと言われているのだ、と、梓の理解がようやく追い付いた。    こくり、と喉を鳴らして、梓はその液体を指先に絡ませる。  後ろの準備の仕方も、漆黒に習っているからできるはずだ。  梓が自分でほころばせたそこを、漆黒はいつも指で確かめて……まだ少し固いな、だとか、上手くできたな、だとかそんなことを言って……頑張った梓を褒めるように、キスをくれるのだった。    漆黒のことを思い出しながら、梓は自身の後ろに指を挿れた。  ぬちゅ、ぬちゅ、と液体のぬめりを借りてほぐしてゆく。  けれど、緊張に強張った体からは中々ちからを抜けずに、焦れば焦るほどに余計なちからが入ってしまう。    少年の、アーモンド形の瞳がじっと梓に向けられており、さらには部屋中の男たちの視線にも晒されているのだ。  そんな中で普段通りに振る舞えるはずがなかった。 「できないのか」  ナイフのように鋭い声が、梓の背後から放たれた。  佐和山であった。  爬虫類を思わせる感情のない黒目が、梓を映し、呆れたように細められる。 「できないなら、この話は無しだな。淫花廓(いんかかく)へは正式に苦情を入れるとして、あの入院しているガキにも出て行ってもらうか」 「で、できますっ!」  梓は咄嗟に叫んでいた。 「ちゃ、ちゃんとできますっ」  慌てて後孔の指を三本に増やし、くちゅくちゅとそれを動かす。  無理に挿入したせいで、ピリっとした痛みが走った。  それでも梓は、手を動かし続けた。  おもむろに、鬼頭がソファから立ち上がった。  彼の右足の裏が、梓の肩に乗った。と、思った瞬間、そこをボールのように軽く蹴られる。  後方へとバランスを崩した梓は、どさ、と床に倒れ込んだ。    伸びてきた男の手が、梓の顎を掴む。 「……確かに、小綺麗な顔をしちゃいるが……趣味じゃねぇなぁ……。こんなのに柴野が引っ掛かるかぁ?」 「(カシラ)の愛人を装わせれば、柴野は手を出すでしょう」 「まぁ、出してもらわなければ困る。そのためにこんな回りくどいことしてんだからよ」 「でもそいつよりも僕の方が可愛いと思うけどね」  鬼頭と佐和山の会話に、少年が口を挟んだ。  鬼頭が片頬で笑い、 「可愛いおまえを柴野のところへ行かせられるか」  とほんの少しやさしい口調で言った。  梓は、頭上で交わされる言葉を聞きながら、後孔がじんじんとしてきていることに気付いた。  なんだろう、この感覚は……。  熱いような、痒いような……腹の奥でなにかが蠢いているような、おかしな感覚だ。  もぞり……と腰を動かした梓に少年が気付き、口角を上げて微笑む。 「効いてきた? これ塗って、パパのぶっといやつでこすってもらったら、すっごく気持ちいいの」  彼のそのセリフで、あのとろりとした琥珀色の液体に、なにか……催淫剤のようなものが混入されていたことを梓は知った。 「さて、じゃあ味見ぐらいはしとくか」  鬼頭が独り()ちながら、スーツのジャケットをばさりと脱ぎ捨てた。  途端に、男が纏っていた香水が、強く香る。    濡れた梓の孔に。  鬼頭の牡がひたりと押し当てられた。    梓の膝裏を抱えた鬼頭が、ぐ、と上体を圧し掛からせてくる。  そのまま、後孔を肉棒でこじ開けられた。  梓は目を見開いた。    痛い、と感じるよりも先に、体が勝手に逃げをうつ。  梓を包む匂いが。  漆黒のそれと、まったく違ったから。  全身が、梓の意思とは関係なく、鬼頭を拒んでいた。   「やっ、い、いやですっ」  男の体を押しのけようと、梓は腕を振り回す。  梓の握ったこぶしが、鬼頭の顎を掠った。  あ、と思った瞬間。  容赦のないちからで、頬を張られた。  バシッ! と乾いた音が響き、梓の唇が切れる。  続けざまに二度、平手で同じ場所を()たれた。 「(カシラ)。傷痕が残るのはまずいです」 「こぶしで殴ったわけでもなし、痕なんて残るか。あと二週間もあるだろうが。万が一残っても、プレイの一環だとでも言っときゃいいんだよ」  梓を叩いた手を、ひらひらと振って、鬼頭が腰を進めてくる。 「い、いやだ、いやっ、いやっ」  男の体の下で、梓は身を捩った。  漆黒のものではない性器と。手と。匂いに。  全身に鳥肌が立った。  なおも鬼頭を押し返そうとする梓の手首を、男が強く掴んで、舌打ちを漏らした。 「おい、縛れ」  鬼頭の命令に、黒服のひとりが動いた。  どこからか持って来た麻縄で、梓の両手がひとまとめにされ、頭上でぐるぐると縛られた。  皮膚が、縄に擦れてひりつく。  それでもじっとなんてできない。    漆黒でなければ嫌だ、という。  その思いを、梓は。  押し殺すことができなかった。  もう一度舌打ちを落とした鬼頭が、梓の頭を鷲掴みにすると、そのまま床へとゴッと打ちつけた。  後頭部の痛みに梓が息を詰まらせる。  その間に男が、ずるり、と梓の中から出て行った。 「全然ダメだな。佐和山。おまえたちで輪姦(まわ)せ」 「……いいんですか?」 「どの道柴野のとこへやれば、柴野の前に組員に味見されんだろ。言ってみりゃこれは親切だよ。先に輪姦に慣れときゃ傷もつかない。なぁ、坊主。こいつらに犯されて、良い具合にほぐれたら、俺が使ってやるよ」  鬼頭が話しながら、抱き寄せた少年の短パンを腰からずり下げ、露わになった尻を割り開いた。  少年の孔は……先ほどまで性交していたのだろうか、淫らに濡れている。    鬼頭の怒張が、慣らしもしていない蕾へとぐちゅりと押し込まれた。  少年が甲高い嬌声を上げ、大きな牡を受け入れている。    ふと気付けば、梓の周囲には4人の男が居た。彼らは着衣を乱し、下半身をくつろげている。  佐和山はひとりスーツ姿のままで、壁に背を預けて腕を組んでこちらを見ていた。    それをぼんやりと視界の端に捉えながら、梓は。  ……梓は。  初めから、こんなふうに男に抱かれるために淫花廓へと行ったのだと、思い出していた。    なにも、特別なことをされているわけじゃない。  梓は最初から知っていた。  男に抱かれることも、その相手がひとりでは済まないだろうことも、乱暴に扱われるかもしれないことも。  梓はぜんぶ、わかっていた。  それなのに。  漆黒ではない男に抱かれる、ということが、どういうことなのか……。  それだけを、梓は、理解していなかったのだ。  こんなに、つらいことだなんて。  知っていたら、恋なんてしなかった。  知っていたら、最初から……好きにならないように、努力したのに……。  けれど、それでも、惹かれてしまっただろう。  梓はほとんど絶望するように、それを思い知った。  くしゃり、と、目尻にしわを寄せて笑う彼の笑顔に。  鼓膜を甘く震わせるバリトンの声に。  他愛なく梓に向けられるやさしさに。  タバコの味の、苦い口づけに……。  梓はきっと、恋してしまっただろう。  梓は泣きながら、男の熱に貫かれ。  泣きながら、揺さぶられ。  泣きながら、誰かの牡に奉仕した。  体は最後まで(かたく)なで。  苛立った男たちに暴力を振るわれたけれど。  梓はもう、漆黒を好きになってしまったのだから。  最後まで、好きでいつづけようと、決めた。  梓が役目を終える、そのときまで。  勝手に恋をするぶんには、自由だろう。  梓の体は、もはや梓のものではないけれど。  こころだけは、梓のものの、はずだから……。      

ともだちにシェアしよう!