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第35話

 二日を、男たちに嬲られて過ごした。  鬼頭(きとう)は結局、(あずさ)を二度抱いて、二度とも梓の中に欲望の証を放ったが、満足はしなかったようで、口直しと言わんばかりに直後に少年を抱いていた。  最後まで梓の体から強張りは消えずに、無意識に抗ってしまう梓を男たちは抑えつけ、殴り、何度も犯した。  文字通りぼろぼろになった梓は、三日目に、淫花廓へと戻された。    佐和山に付き添われて楼主の元へと通される。  着流しに煙管(キセル)を咥えた楼主は、フードを深く被って傷ついた顔を隠している梓を見ても、特に驚いたりはしなかった。  感情の読めぬ瞳を、僅かばかり細めて。  甘い煙を吐き出した男は、吸い口でひたいを掻き、 「医者を呼べ」  と、(おきな)面へと告げた。  梓は佐和山から翁面へと引き渡され、そのまま彼に伴われて隣の部屋へと連れて行かれた。  ほどなくして白髪(はくはつ)の医者が姿を見せ、梓の傷の手当てを無言で行った。    佐和山と楼主との間で、どのような会話が交わされたのか、梓は知らない。  けれど、ひと通りの治療を終え、脱水気味だと言われて施された点滴が終了する頃、ソファで仰臥していた梓の元に現れた般若(はんにゃ)面の男衆から、漆黒の元へ戻るように言われて……梓は嬉しいような情けないような、複雑な気分になった。  漆黒は……どう思うだろうか。  せっかく、二週間を掛けて梓に色々教えてくれたというのに、梓はまったく上手くできなかったのだ。  不出来な梓のせいで、漆黒も責められるかもしれない、と思うとそれだけで申し訳ない気持ちになる。   「あ、あの……」  梓は殴られて腫れた唇を無理やりに動かして、般若へと問いかけた。 「ぼ、僕のせいで、漆黒さんが……楼主さまから叱られたり、しますか?」  般若がしばし無言で、面の向こうからじっと梓を見つめてくる。  彼がなにも答えてくれないので、梓は不安になってしまい、言葉を重ねた。 「ぼ、僕が悪いんですっ。漆黒さんは、ちゃんと教えてくれてました。うまくできなかったのは、僕のせいなんです。だから、漆黒さんを叱ったりしないでください!」  つい興奮して口を大きく開いてしまい、梓は傷みに呻いた。  腫れた唇を押さえて背を丸めた梓へと、吐息のような般若の笑い声が向けられる。 「随分と、あの男にご執心なようだね」 「しゅ、しゅうしん?」 「ふふ……。きみは、怪我を早く治すことだけを考えていなさい。いいね?」  やわらかく諭され、梓は曖昧に頷いた。  (たお)やかに動く般若の手が、梓の髪をさらりと撫でる。  般若はしばらく、梓を慰めるように、ちから付けるように……癒すように、そうしていてくれた。  そして梓はいま、漆黒の腕の中でぬくぬくと過ごしている。  漆黒はやさしい。  梓の怪我を気にかけて、傷の具合を毎日チェックしてくれている。     漆黒は結局、楼主に叱られたりはしなかったのだろうか。  梓のせいで、ペナルティを負ったりはしなかったのだろうか。  そのことがずっと気になっていたけれど、梓の頭を撫でてくれる男の手が、うっとりとするほどやさしくて。  余計なことを言うと、この甘やかな空気が消え失せてしまいそうだったから。  梓はなにも尋ねることができないままだったし、時間だけは無情に過ぎていった。 「梓」  と梓を呼ぶバリトンの声。  もっと呼んでほしい。  梓がここを出て行く前に、もっとたくさん呼んでほしい。  夢を見ているのかもしれない、と梓が思うほどに、漆黒は梓を甘やかしてくれた。  梓を風呂に入れて、背中を流してくれたり。  大きなてのひらで、ペットを愛玩するように髪を梳いてくれたり。  夜は逞しい腕の中に抱きしめて眠ってくれたり……。  大袈裟なまでに、梓を労わってくれた。  けれど彼は……梓がここへ戻って来てからまだ一度も、梓を抱こうとはしなかった。    複数の男に犯されたことで、梓の後孔は傷ついていたし、たぶん、それを気遣って触れてこないのだと、梓は思っていた。  体を繋げなくても、口づけだけでもしてほしい。  梓の浅ましい願望は、漆黒の隣で過ごしている間もずっと、梓の中にあって。  だけどそれはこの男に乞うてはいけないことなのだと、梓は知っていた。  漆黒は、仕事で梓に構っているだけで。  それ以上でも、それ以下でもないのだ。 (おまえを特別に思っている)  不意に、以前に聞いた漆黒の言葉が耳によみがえる。  眉間に辺りに、憂いを浮べて……少し、苦し気に、彼がそう言ったから。  ああ嘘なのだな、と梓にはわかった。  大丈夫。  信じたりはしない。    信じてはいないけれど。  もう一度、言ってはくれないだろうか。  必ずおまえを迎えに行く、と。  おまえをしあわせにする、と。  そう言って、キスをしてくれたら。  梓は。  梓は……。    漆黒が親指の腹で、梓の頬をくすぐってきた。  梓が肩を竦めると、漆黒の鋭い印象の瞳が、じわりとやわらかく細められる。  彼は手当のために脱がせていた梓の着物を元通りに着せかけると、 「きれいに治ったな」  と、低い声で囁いた。  漆黒の元へ戻って来てから一週間。  彼の言葉の通り、梓の怪我はもうすっかり良くなっていた。 「梓」  手慰みのように、梓の髪を指に絡めて。  漆黒が、正面から梓の目を捉えた。  彼の眉間には少しのしわが寄っていた。  吸い込んだ息を、戸惑ったように束の間、止めて。  漆黒が梓へと問いかけてきた。  「おまえ、まだ続けるのか?」  鬼頭の愛人の身代わりを。  こんな目に遭っても、まだ続けるのか、と。  男の黒い瞳が、真摯に尋ねてくる。  梓は頷いた。  もう後戻りなんてできない。  梓に残された時間は、あと一週間。  たったの、七日間だ。    どうせ、待ち受けている結末からは逃れられないのだから、残りの時間ぐらい、夢の続きを見たってかまわないだろう。  梓が己の役割を放棄しない限り。  漆黒にまた、抱かれることができるのだから……。 「続けます」    梓は漆黒の顔を見つめたまま、そう答えた。   「だから僕に……お作法を、教えてください」  漆黒を乞うために告げた言葉の語尾が、みっともなく掠れてしまった。    漆黒は……ほんの一瞬、きつく目を閉じて。  迷いを振り切るように、二度、瞬きをした。 「後ろ……もう、大丈夫なのか?」 「はい」 「じゃあ、準備してこい」 「はい」    梓は立ち上がり、バスルームへと向かった。  漆黒に抱かれるのは十日ぶりだ。  漆黒の身分を打ち明けられたときから、なんだか妙にぎくしゃくしてしまっていたけれど……もしかしたら今日は、キスもしてもらえるかもしれない。  もう、あとたったの七日間しかないのだから、はしたないと思われたとしても、梓から強請(ねだ)ってみようか。  キスしてください、と。  思い切って、言ってみようか。  ドキドキと胸を高鳴らせながら、後孔を使えるよう、漆黒に習った通りに梓は準備を行った。    梓がバスルームから出ると、脱衣場にはバスローブではなくて浴衣が置かれていた。  花柄の、女物の浴衣だ。  梓は首を傾げながらそれに袖を通し、帯を適当に結ぶ。    ドアを開けると、漆黒が玄関の壁にもたれかかりタバコを喫っているのが見えた。  梓は彼に手招かれ、下駄を履くように促される。  外に行くのだろうか?  漆黒に抱かれるときはいつも、この部屋の中だったので、梓は驚きつつも素直に男に従った。  カラカラと、2人の足音が廊下に響く。  梓は無言で歩を進める漆黒の背中を追って、ゆうずい邸から出ると、そこを中心に放射状に伸びる石造りの通路を歩いた。  これは……蜂巣(ハチス)に行く道だ。  梓が蜂巣と呼ばれる六角形の建物に入ったのは、僅かに一回。  漆黒に、見学がてらに連れてきてもらったあのときだけだった。  漆黒は、以前に通った道とは違う場所へと梓を誘った。  前に来たときはまだ明るい時分であったが、こうして夜に通るとオレンジの光が揺らめいていて、幻想的であった。 「梓。こっちだ」  漆黒に呼ばれて梓は、キョロキョロと左右に向けていた視線を戻し、開いてしまった距離を小走りで埋めた。    漆黒はひとつの蜂巣の前で足を止めた。  今日は部屋ではなくてここでするのだろうか?  なぜわざわざ蜂巣で……と梓は疑問に思いながらも、漆黒に促されて扉に手を掛けた。  ぎい……と重たいそれを押し開けると……不意に中から伸びてきた手が梓の腕を掴んで強引に内側へと引っ張り込んだ。 「わっ!」  悲鳴を上げた梓は、バランスを崩し、誰かの胸に抱き止められた。  転ばなかったことを安堵する暇もなく、べろり、とぬめったなにかが頬を這う。  梓は咄嗟に腕を突っ張り、不快な感触から逃れようとした。  その梓の肩を、痛いほどに強く引き寄せて。 「待ちくたびれたぜぇ、漆黒」  そう言って、明るい金色の髪を掻き上げたのは、いつか食堂で会った、櫨染(はじぞめ)という男娼であった……。      

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