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淫花廓 ~漆黒の章~ 第36話 | 夕凪 の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
淫花廓 ~漆黒の章~
第36話
作者:
夕凪
ビューワー設定
37 / 54
第36話
梓
(
あずさ
)
は茫然と、
櫨染
(
はじぞめ
)
の腕の中から
漆黒
(
しっこく
)
を見上げた。 着物を着崩した男の手が、馴れ馴れしく梓の肩を抱いている。 その腕の重みから逃れようとする足を、無理やりに床に縫い付けて。 梓は、梓をここへ連れてきた漆黒の顔を見つめた。 漆黒が吐息を落とし、自身の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。 櫨染が喉奥でくくっと笑って、梓の方へと軽く体重を預けてきた。梓は足元をよろめかせ、壁に肩を打ちつけてしまった。 「今日から、おまえの教育係は俺だよ」 櫨染の……カラーコンタクトだろうか、灰色味を帯びた目が、じっと梓を映して細められた。 彼の耳たぶにはたくさんのピアスが嵌まっていて、その硬い感触が梓の頬を刺してくる。 梓は、男の言葉の意味がよくわからずに、なおも漆黒へと眼差しを注ぎ続けた。 漆黒が袂からタバコを取り出し、唇に咥えて火を点けた。 櫨染の香水の香りと、漆黒のタバコの匂いが、蜂巣の中で混ざり合う。それは、二人の性格を表したかのように、少しも調和しなかった。 ふぅ、と紫煙を天井に向かって放った漆黒が、眉間にしわを寄せて、ようやく梓と視線を合わせた。 「梓。おまえ、拒んでしまったって、言っただろ」 低いバリトンが。 平坦なトーンで梓へと向けられた。 梓は……成す術もなく、淡々と動く男の唇を見た。 「おまえを俺に、慣れさせすぎたな。梓。悪かった。俺の配慮が足らなかった」 梓を映す漆黒の瞳は、無感動で。 かつて、良い子だな梓、と囁いて……目尻にしわを寄せてくしゃりと笑った男と同じひとだとは、思えなかった。 「梓。おまえが次はうまくできるように……俺以外の男に慣れておけ」 「そういうこと。大丈夫大丈夫。俺だって充分巧いから」 梓の肩に回された櫨染の手が、浴衣の袷に潜り込んできて、無遠慮に皮膚を撫でまわされた。 シャワーを浴びて温まっていたはずの梓の肌は、冷えきっていて。 漆黒ではない男の手の感触に、ざわりと鳥肌が立った。 梓の手が、無意識に動いて。 漆黒の着物を、掴もうとした。 漆黒が一歩後ろへと下がった。 するり、と梓の指から、羽織の袖が逃げてゆく。 「櫨染。日付が変わる前に、毎日必ず俺の部屋へ返せ。傷をつけるのもなしだ。おまえがルールを破ったときには」 「わかった、わかったって。口うるさい野郎だなぁ、漆黒。俺だって楽に稼ぎたいんだ。せいぜいやさしくしてやるよ」 ひらひらとてのひらを振りながら、櫨染が軽薄に笑った。 漆黒は、一瞬ぎらりと櫨染を睨みつけたが、しかしなにも言わずに、さらにもう一歩下がった。 「梓。大丈夫だな?」 問われて、梓は泣きたくなった。 大丈夫じゃない。 全然大丈夫じゃない。 櫨染ではなくて……漆黒に、抱いてほしい。 体だけでも良かった。 漆黒との繋がりが、体だけでも……梓は充分だった。 漆黒が、抱いてくれると思ったから、梓は……。 「……大丈夫です」 ぽつり、と。 唇から言葉が落ちた。 胸が痛くて苦しくて、全然大丈夫じゃないのに。 「大丈夫です」 口を開くと、その言葉しか知らないように同じセリフがこぼれてくる。 漆黒が無言で頷いて、蜂巣のドアを引いた。 入り込んだ夜風が、タバコの煙を内側へと運んでゆく。 漆黒が携帯灰皿に半分ほどの長さになったそれを押し付けた。 立ち昇った煙は、すぐに薄れて見えなくなった。 カツ、と下駄を踏み鳴らして。 漆黒が外へと出て行った。 扉が閉じ切るのを待たずに、櫨染が梓を引きずるようにして室内へと連れ込んだ。 大きなベッドに押し倒された梓は。 着物を脱ぎながら圧し掛かって来る男を、茫然と見上げた。 櫨染が明るい色の髪を後ろへと流し、手首に巻いていたゴムで適当に縛ると、手慣れた仕草で梓の帯をほどき、下着を脱がせた。 梓が体を捩ってその手から逃れようとすると、櫨染が口角を吊り上げて笑った。薄く開いた唇の隙間から、尖った犬歯が覗く。 「聞いてただろ? おまえの教育係は俺なの。ちょっと指名が多いからって、漆黒ばっかり楽しやがって、ずるいじゃん。なぁ? そう思わねぇ?」 梓へ話しかけながら、櫨染がてのひらにとろみのある潤滑油を垂らした。 それを指先に絡めながら、男が梓を見下ろして、目を細めた。 「こんなガキ仕込むだけで売り上げになるって、おかしいだろ、なぁ? だけどアレだよな。あいつ、おまえみたいなのじゃ満足できなかったんじゃねぇの? 俺が代わってやるっつったら、あっさりオーケーしたぜ?」 濡れた男の指が、梓の足の間を探った。 後ろのすぼまりをぬるぬると潤して。つぷり、と二本まとめて挿入される。 「俺がおまえの面倒見てる間、あいつはあいつで別の客と楽しんでんだ。あいつにとっても悪い話じゃないもんな。本命が来たときも、相手できるし。……なんだよ、その目は」 ぐちゅり、と水音を立てて、櫨染の指が梓の中から出て行った。 適当にしかほぐされていないそこに、櫨染が下半身を押し付けてくる。 「漆黒に本命がいるの、知らなかったのか? ありゃいいオンナだよなぁ。熱心に通い詰めてるようだし。そろそろ身請けされっかもなぁ。まぁ俺としちゃあ上の枠に空きができるから、さっさと年増は引退してほしいぐらいだぜ。おい、ちから抜け」 太ももをてのひらで叩かれ、足を大きく広げられた。 ぬち……と櫨染の陰茎の先端が、梓の後孔を割り開く。 「まぁおまえのおかげで、一週間の売り上げは確保されたし、おまえのココを使って鬱憤も解消できるしな。あいつに飽きられたおまえを、代わりに俺が可愛がってやるよ。おら、漆黒に仕込まれたテク、見せてみろ」 肉筒の中を、男がひと息に突いてきた。 無理やりに侵入されて、痛みがつま先まで駆け抜けた。 痛い、と感じた瞬間に、涙が目尻からこめかみに向けて流れ落ちた。 梓は櫨染に持ち上げられた己の白い足先を、茫洋と眺めながら泣いた。 漆黒が悪いではない。 彼は、当然の選択をしただけだ。 梓が鬼頭の愛人の身代わりをきちんと努められるように。 漆黒以外に抱かれても、拒絶することなく、ちゃんと己の役割をまっとうできるように。 教育係として、当然の選択をしただけだ。 けれど。 梓は……。 良い子だな、梓、と言って梓に触れて来る漆黒の指先に。 なにかの……情が、込められているような気が、していて。 漆黒が、警察関係者だと身分を告げてくれる、前も、後も。 梓のことを想って、梓を抱いてくれているのだと、勝手に勘違いをしていて……。 そうか。 漆黒は、男娼だった、と。 梓はようやく、それに気付いた。 男娼は、勘違いさせることが仕事だ。 自分は彼に愛されている、と。 『客』に、そう思わせることが仕事なのだ。 これまでも梓は、ずっと自分に言い聞かせてきた。 漆黒は、仕事で梓を抱いているだけだ、と。 妙な勘違いはするな、と。 言い聞かせてきた。 けれど。 三日を、漆黒と離れて過ごして……。 そして怪我をした梓を介抱してくれた、この一週間。 漆黒は、とてもやさしかったから。 とてもとても、やさしかったから。 梓を労わり、大事にしてくれたから。 梓は、夢の中に居るような気が、ずっとしていて。 自分に、勘違いをするな、と言い聞かせることを少し忘れていたのだった。 梓は泣いた。 静かに、涙だけを流し続けた。 足の間では櫨染が腰を振っている。 少しも気持ちよくない。少しも気持ちよくないけれど……梓がうまくできないと、漆黒が責められてしまうかもしれない。 梓は強張った体から、ゆるゆるとちからを抜いて、震える息を吐き出した。 (下手くそな男に当たったときはな、自分でちゃんと腰を振って、ここに当てるようにしてみろ。そうしたら、おまえも気持ちよくなれるから) かつて聞いた、漆黒の言葉が耳の内側で響いた。 もう忘れないといけない。 漆黒への想いは、もう忘れて……棄ててしまわないといけない。 そうしなければ梓がつらいだけだ。 そう思うのに、脳が勝手に思い出す。 漆黒の言葉を、勝手に再生してしまう。 そして梓の体は、彼に教えられたとおりに動きだした。 「……んっ、あ、あ、あ」 男の突き上げに合わせて、梓は腰を揺らした。 大丈夫。覚えている。 漆黒の教えてくれた、梓の感じるポイント。そこに、櫨染の太く硬いそれが当たるように、上手くタイミングを計るのだ。 「お? 急に積極的になったな。あ~、すげぇ狭い。さすが、漆黒の躾けた孔だな。いいぜぇ、おまえ」 犬歯を見せて笑った櫨染が、ぐちゅぐちゅと派手な音を立てて腰を叩きつけてきた。 梓は……褒められてホッとした。これで漆黒がこの男に文句を言われることもないだろう。 漆黒ではない男に抱かれながら、漆黒のことばかり考え続けていることに気付き、梓は小さく笑ってしまった。 どうしようもないな、と思う。 どうしようもない。 漆黒を好きな気持ちが、少しもなくなってくれない。 梓は梓の役割を果たすために
淫花廓
(
ここ
)
へと来たのだから。 漆黒の教えてくれたことを、無駄にしないようにしなければ……。 大丈夫。 淫花廓を出てゆくその日には、ちゃんと笑ってさよならが言えるはずだ。 そのときまでなら、ゆるされるだろう。 このどうしようもない恋心を、胸の中に持ち続けることぐらい。 それぐらいの自由が、梓にもあっていいはずだった……。
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夕凪
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