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黒滝くんが寝室のベッドを使っているため、俺はリビングのソファで横になっている。
シャワールームで立ったまま俯き、涙を零して肩を震わせる姿を思い出すと胸の奥がちりちりと熱くなる。
詳しい話は聞けなかったけれど、どうやら白狐のシロは三年ぶりに目を覚ましたかと思うと黒滝くんのことを忘れたらしい。
緩む口元を抑えることができない。
黒滝くんには申し訳ない気持ちはある。
けれど白狐のシロに対しては歓喜の気持ちでいっぱいだ。
そのままずっと黒滝くんのことを忘れていればいい。
例えもし記憶が戻ることがあるのなら、そのときにはもう。
「……俺と同じ、か」
数日前の、倉庫での黒滝くんの言葉を口にしながらようやく目を閉じた。
────
次の日、とびらの開かれる音で意識が浮上した。
重いまぶたを持ち上げてみると、黒のスウェットを着た黒滝くんが立ったまま俺を見下ろしていた。
「おはよ」
返事はない。
当たり前のことに笑ってしまいながらも体を起こせば、シンプルな丸い壁掛け時計へ視線を移し今の時刻を確認する。
すでに八時をまわっていた。
通りでお腹が空いているのか、と毛布をソファの端へと寄せ、腰を持ち上げた俺は裸足のままキッチンへと向かう。
ペタペタと、俺のではない足音がついてくる。
「なに食べる? ってもそんないいものはないけど」
黒滝くんの好物はなんだったか。
俺のチームの情報屋に調べさせたことを思い出しながら冷蔵庫を開けば、目にとまった一つの果物を取り出し背後にいる彼へと差し出す。
「リンゴでもいいかな。これくらいしかないし」
本当は好物であるバナナを渡したかったけれど、また睨まれると思いその隣にあったリンゴを選んだ。
無表情のままそのリンゴを見つめていたかと思うと、素直にリンゴを受け取り俺に背を向け再び寝室へと戻っていった。
なんで俺を見下ろしていたのかと不思議だったけど、彼もお腹空いていたのか。
(リンゴだけで足りんのかな)
先ほど渡すことのなかったバナナを一本、手に取ればそれを頬張りながらリビングへと戻る。
ガラステーブルの上に転がっていた青のカバーが付いた携帯を手に取ればメールが届いていた。
画面をスライドさせメールの内容を確認すると、チームを抜けるというものだった。
金久保、という男に締め上げられてからこのようなメールがよく届く。
正直、ほとんどのメンバーの名前を覚えていないからこんなのを送られてきても困る。
それをメンバーの前で言うことはないけれど。
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