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餞別 1
とある日曜日、パリの高級住宅街の一画にて。足の踏み場もないほど物であふれ返った一室で、アンリ・デュ・ゲールは荷造りをしていた。あと数週間でこの家と別れを告げるのだ。
アンリはクローゼットに顔を突っこむ勢いで無数の服をかき分けていく。彼のクローゼットには流行の服や帽子、靴がずらりと並んでいた。
(いいかげん姉さんたちに怒られるし、何着か処分するか)
アンリは自室のクローゼット以外にも専用の衣装部屋をもっている。姉3人合わせたドレスの所持数を超えるほどの衣類がその部屋には詰まっていた。幸か不幸か、姉たちはいま全員出払っている。
おおかた買い物に出かけたのだろう。幼い頃はアンリも一緒に連れだって街中を歩いたものだ。小学校の中頃から、女3人の中に男1人だけは恥ずかしいと感じるようになり、パタリと行かなくなってしまった。とはいうものの、15歳になった今でも買い物に誘われることはある。たいていは荷物持ちとして駆り出されるのだが。
(これはもう着ないな)
購入して一度しか袖を通していないもの、流行がすぎたもの、サイズが合わなくなったもの。アンリのクローゼットには既製品の服があふれていた。貴族の子弟が既製服なんて着ていたら笑われる、と姉妹たちはいい顔をしなかった。
彼女らも既製品のドレスを買っているではないか。それを指摘すると「女は服にお金をかけるものだから仕立てのドレスじゃ間に合わないの」「アンリは買いすぎよ」「長男なんだから着るものには気を配って」と3倍になって返ってくるのだから手に負えない。
もちろん着るものには充分気を配っている。だいじな行事に参加するとき、父の仕事について行くときはかならず仕立て服を身にまとった。
(普段着くらい既製服でもいいじゃないか。仕立て屋には悪いけど――)
とある物が視界に入った。クローゼットのすみに追いやられた濃紺の服。とつぜん、胸をしめつけられるような感覚に陥った。せっかく忘れかけていたのにどうして思い出させようとするのだろう。
濃紺の服を手にとると、幼子がお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるように顔をうずめた。この服の大きさは変わらず、あの頃のまま時が止まっている。
アンリが感傷にひたる暇はなく、ドアをノックする音で中断された。
「アンリー」
気のぬけた呼び声がドア越しに聞こえる。声の主はアンリの返事を待たずに続けた。
「おーい、アンリー。おまえの友達がお別れの挨拶をしたいってさ」
「友達? おれに友達なんていないよ。追いかえして」
「はあ、追いかえせって? 使用人が応接間まで通しちまったんだが」
「よけいなことを」
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