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餞別 2
友達と名乗った者の目星はついていた。意地の悪そうな表情をした少年の顔がいくつか頭に浮かぶ。
(おそらく画塾の連中だな)
ドアの向こう側でぶつぶつと「聞いてるかー」とか「あんまり待たせると俺、剥製になっちゃうぞ」とか発言している男がいい加減うっとうしくなってきたのでドアノブに手をかけた。
ドアを開けると、ラフな格好をした無精髭の男が手持ち無沙汰にたたずんでいた。白シャツ1枚の出でたちで、大きく胸をはだけている。
「父さん、その格好で来客対応するのはやめてね。恥ずかしいから」
「ハハハ! 恥をかくのは俺だけだ。おまえは気にするな」
「気にするよ……それと髭、剃るか生やすかどっちかにして」
彼はオーギュスト・デュ・ゲール、アンリの父親である。仕事に励んでいる父は輝かしく尊敬に値する人物なのだが、私生活のだらしなさは群を抜いていて、侮蔑を覚えずにはいられないほどだった。オーギュストは息子の肩ごしに部屋をのぞき込む。
「しかしひどい散らかりようだな。学生寮に送る量にも限度があるだろ」
「いま吟味してる最中なの――あ、父さん、電報が届いたみたいだよ」
アンリが指さした先には、老齢の執事が白い紙を携えて立っていた。老執事は親子の会話に割って入ったことを詫びると、恭しく白い紙を差し出してきた。
「旦那様、公爵閣下から電報です」
「ああ、公爵お抱えの画家の展覧会についてだな」
オーギュストは電報を一瞥すると眉を吊り上げた。
「はあ? あの公爵は美術商を作家の守役かなにかと勘違いしてるのか? そこまで面倒見きれるかよ」
「日曜日なのに仕事?」
「仕事がないよりはマシだ。それよりアンリ、早く応接間に行ってやれよ」
オーギュストは電報の文言をぶつぶつ唱えながら自身の書斎へと消えた。その場に残された老執事は気をきかせて「坊っちゃんは体調が思わしくないとお伝えしましょうか」と言ったが、アンリは首を横にふった。老執事は意外そうな顔をしていた。
相手は友人ではない。別に会ってやる義理はないのだが、会わない理由もなかった。どうせ数週間後にはパリを発つのだ。嫌味のひとつでも言って追いかえせばいい。アンリはかるい気持ちで応接間に向かった。
ゆっくりと深呼吸して応接間の扉を押すと、6つの瞳がいっせいにアンリを見すえた。3人はソファにも座らず待ちかまえていた。テーブルに置かれたコーヒーに手をつけた形跡はない。長居する気は更々ないということだろう。
アンリはいたって冷静に来訪者をむかえる挨拶をした。
「みんな、待たせてごめん。今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「やあアンリ、久しぶりだね。1年ぶりかな?」
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