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餞別 3
中心にいる痩せぎすの少年がまっさきに話しかけてきた。穏やかな笑みをたたえているが、挨拶はお互いに交わさない。
少年は別段目立つ存在ではなかった。いつも教室の隅にいてスケッチブックに黙々となにかを描きこんでいた。これといって画塾では珍しい光景ではない。独りを好む人間はたくさんいたからだ。アンリもその中の1人だった。
ある日をさかいに、少年のまわりには人が増えていった。今ここにいる取りまき2人は彼のもっとも信頼のおける部下ということだろう。自己主張の激しい取りまきは、少年より一歩前へ出てアンリに物申した。
「英国の飯はまずいってのによく留学なんてできるな。俺なら病気になるよ」
「さみしくなるなぁ、どうしてアンリはアカデミーを受験しなかったんだ?」
「アンリなら合格確実だったのになぁ?」
「本当だったら俺たちといっしょに入学できていたのに、残念だ」
にやにやと畳みかけるように言う。この陰険で下品な顔は見慣れていたが、一点だけ不可解なセリフを吐いたことをアンリは聞きのがさなかった。
「は……『いっしょに』入学だって?」
「俺たち全員、学士院 の芸術アカデミーに入学が決まったんだ」
「へえ、そう、おめでとう。裏口入学するのに金をいくら積んだんだ?」
「はぁっ⁉︎」
「正直きみたちの実力でアカデミーに合格できるとは到底思えないしね。きみたちのデッサンを画塾でずっと横目にしてきたおれが言うんだ、まちがいない」
アンリの煽りは効いているようだ――リーダー格の痩せぎすの少年を除いて。
「ふ、ふざけるな! だれが裏口入学なんて」
「まあ落ち着けよ。アンリ、君は1年間画塾を休んでいただろ。その間にみんな技術をみがいて実力をつけた。その成果を出しただけだ」
「たった1年で?」
リーダーの少年が至極まっとうな正論を説いたので取りまき2人は勢いづいた。
「そうだ! 1年間遊び呆けてたおまえとは違うんだよ」
「なるほど、1年かけておれの実力と並んだってことか! それはすごい!」
「口の減らないやつ……!」
アンリが負けじと応戦してきたので、取りまきの1人は舌打ちして黙りこんだ。もう1人はリーダーの少年に目配せする。少年はうなずいて了解の意をあらわした。
「今日は言い争いをしに来たんじゃないんだ、アンリ。君に餞別を渡そうと思ってね」
両手に収まるか収まらないかくらいの細長く平たい箱を受けとった。手のひらに重みを感じる。
「あけてみてよ。君もきっと気に入る」
アンリは嫌な予感がした。この3人がアンリのために善意で贈り物などするわけがない。
箱をあけた瞬間、アンリは絶句した。
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