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餞別 4

「こ、れは…………」 「“アレ”に似たのを見つけてきたんだ。美術学校でも使う機会はあるだろ?」 「ふ……」 「何だって?」 「ふざ、けるな……ふざけるなよ……」  必死で言葉を探そうとするアンリにリーダーの少年が追いうちをかける。 「そうそう、リュカはまだ君のこと許してないってさ」  リュカ――その名を聞いた瞬間、アンリは屋敷中に響きわたるほどの悲鳴をあげて応接間を飛びだした。  アンリが応接間を駆けぬけ、ドアを乱暴に閉めたとたん、3人はどっと笑いだした。 「見たか、あいつの青ざめた顔!」 「最初の威勢の良さが急に萎んでいくのは見ものだったな、いい気味だ」 「まさかこれ1つで取り乱すなんてな。目的は達成したし、帰るか」  少年たちが応接間のドアを開けると、そこにはラフな格好をした家主が腕組みして立っていた。彼の貼り付いたような笑顔は少年たちを凍りつかせた。 「今しがた悲鳴が聞こえたんだが、うちの息子がなにか粗相をしたかね?」 「い、いえ……僕たちほかに用事を思い出したので帰ります」 「そうか、せっかく来てくれたのにすまないね……で、これは何だ?」  床に転がっていた鋭利なモノを拾い上げ、少年たちに問いかけた。 「餞別ならもっとマシな物を選ぶべきだな。息子に嫌味を言うためだけに直接ここに来たのは褒めてやろう。奥ゆかしい連中は物品と手紙を送りつけるだけだからな!」  言うやいなや、オーギュストは持っていた鋭利なモノを扉に突き刺した。 「これは持って帰れ。そして二度とこの屋敷に足を踏み入れるな、クソガキども」  オーギュストの剣幕に少年たちは縮みあがった。彼らは大あわてで屋敷から退散した。  アンリは自室に駆けこむと、ベッドに突っ伏して身体をふるわせた。つり上がった眉尻から雫があふれては流れていく。 (何を言われても、言い返してやるつもりだったのに……リュカの名前まで出すなんて……)  リュカ――かつての親友の名も今は思い出したくなかった。  しばらくしてオーギュストが戻ってきたが、アンリは赤くなったまぶたを隠しもしなかった。 「アンリ、餞別とやらは返却しといたぞ。いやあ、悪趣味だな。どうやったらあんなガキが育つのかね。親の顔が見てみたいもんだ」 「父さん……ありがとう」 「ちょっと大人げなかったか?」  彼はおもむろにベッドへ腰かけて、アンリの頭をぽんぽんとなでた。もうすぐ高校生になる息子にその対応はふさわしくないのではないか。父は息子の抗議を軽くいなして、ベッドに投げだされた服に視線をむける。アンリは慌ててそれを隠すように自身の体に引き寄せた。 「アンリ、その服は――」 「父さん、英国の食事はまずいって本当?」  父の発言をさえぎるようにして微塵も関係のない質問をかさねた。とりとめのない質問に父はあきれた顔をする。

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