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餞別 5

「何でいきなり食事の話になるんだ」 「さっきの奴らの1人が言ってたから気になって。父さんは何度も英国に行ってるでしょ」  オーギュストは美術商として見聞を広めるため、海外の展覧会によく訪れていた。そこで良質な作品に触れ、作家と意見を交わし、知識をたくわえる。方針が合えばギャラリーの専属作家として契約することもあった。 「正直なところ、俺もよくわからん。少なくとも俺が英国で口にしたものは全部、フランス人のシェフが作ってるフランス料理だった」  無精髭をさすりながら思案のポーズをとる。高級ホテルに宿泊したときも、貴人の屋敷に招かれたときも、出されたのはすべてフランス料理だったという。 「おまえこそ英国で受験したときに食事くらいしただろ。覚えてないのか」 「受験内容はともかく食事まで覚えてないよ」 「なんで都合よくそこだけ忘れるんだ」 「そこまで考える余裕がなかった」  入学試験の記憶がすっぽりと抜けている。 「とりあえず人が食える代物なら大丈夫だろう」 「ええ? 最低限のおいしさの保証がほしいんだけど」 「食事がそんなに気になるか」 「一番気にするところだよ。学校の授業内容とか人間関係より大事。まともな食事がとれないなんて心が病気になっちゃう。生活していけない」  アンリはそう言いきると、おどり出るように例の服をクローゼットへ戻した。 (もう、おれには必要ない物だ……さよなら) 「いつもの調子に戻ったな」  オーギュストが安堵したその時、姉妹たちが戻ってきてアンリの部屋に押しかけた。目もとを腫らした弟の顔を見るなり、なぜ泣いているのか、だれかに泣かされたのかと問い詰めた。アンリが返答に迷っていると、父に飛び火しそうになり慌てて否定する。  自分に何の用かと問うと、姉妹たちは華美に包装された包みをそれぞれ差し出した。突然のことにアンリは目を丸くする。彼女たちは旅立つ弟のために贈り物を買いに出ていたのだった。  アンリは姉妹たちの贈り物を大事そうに抱えた。目尻から熱いものが込みあげてきたが、ぐっと堪えた。ここで落涙するとまた彼女たちにあれこれと言われかねない。 「ありがとう、姉さんたち。学生寮に行っても大事にするよ」  弟のことばに三姉妹は顔を見合わせた。いつもは憎まれ口をたたく弟が、すなおに感謝のことばを述べている。長女が感極まって泣きだした。その姿に次女と三女はあきれていたが、気づいたら3人とも嗚咽をもらしていた。父は娘たちの愛らしさに笑いが堪えきれないといった様子だ。 (何だよ……結局みんな泣いてるじゃないか。我慢してたおれが馬鹿みたいだ) 「まったく、女を3人も泣かすとはアンリも罪作りだな」  茶化してくる父を鬱陶しいと思いつつ、アンリもつられて涙した。4人の泣き声と1人の笑い声がアンリの自室にこだました。

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