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出会い 1

 駅到着を知らせるけたたましい汽笛。鼻腔を刺激する硝煙のにおい。車輪から伝わる細かな振動。蒸気機関車とよばれる巨大な発明品はアンリをロンドンへと運ぶ。  英国は年中を通して肌寒く、上着が手放せない。厚手のコートに身を包んだ男女が暖をとるように身を寄せ合っている。  列車がスピードを緩めてゆったりと駅に入る。車体のプレス音の反響と喧騒がからみ合い、アンリの好奇心をかき立てた。網棚からすばやくトランクを降ろし、列車が完全停止するまで扉の前で待機する。  扉がひらいた瞬間、突風がアンリの顔を直撃する。 「あっ! しまった!」  頭を覆う帽子が風にさらわれて、オリーブ色の髪が激しくゆらめいた。アンリはあわてて帽子を追いかける。帽子はまだ空中にある。届くはずだ。  駆けぬけて勢いよく手を伸ばそうとすると、横から別の手が伸びてきて帽子をつかまえた。勢いをつけすぎたアンリが急に止まれるはずもなく、目の前の人物のふところに飛びこむ形となった。相手のマフラーが緩衝材となり、ぶつかった衝撃をやわらげる。  アンリを心配そうに見おろしている少年と視線が合う。澄みきった青いひとみをしていた。 「キミ、大丈夫か?」 「う、わ、ごめんなさい」 「帽子は大切に。せっかくの良い帽子、汚したらもったいないよ」  少年はつかんでいたトップハットをアンリの頭にのせた。 (外国人……? いや、流暢な英語だし英国人か)  彼は彫りが深く、欧州人ばなれした顔立ちだった。肌の色は陽に焼けたような小麦色で、象牙のマフラーがそれを際立たせていた。  少年は胸ポケットからすっと懐中時計を取りだす。時計をちらりと確認するとすぐポケットへしまった。彼は何か言いたげな様子でアンリをまじまじと見ている。 「ねえ、その制服、キミはローレンスの生徒?」 「えっ、はい。新入生です」  その時アンリは学生服を着ていた。ライトグレーの上着、真紅のベスト、黒のウィンドウペンのボトムス。一目でどこの学校に属しているかわかる制服だった。もっとも、敷地内の学生寮と学校を行き来するだけなので外でお目にかかる機会は滅多にないが。 「オレもローレンスの生徒なんだ。同級生に会えて嬉しいよ」  彼は青い目を細めながら、帽子を上げて慇懃に挨拶した。その所作は美しく洗練されていて、思わずつられて挨拶をかえした。英国の男子は皆若くして紳士なのだと感心した。

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