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出会い 2

 駅のプラットフォームはすきま風が絶え間なく吹いていて徐々に体温をうばっていく。陽が降りそそぐガラス天井の真下で2人は暖をとっていた。  少年はジョシュア・ハンソンと名乗った。イングランド南西の海岸部出身で、実家の祖父が大地主なのだという。アンリは初対面の相手との距離感を小むずかしく考えているうちに、すっかりジョシュアと打ちとけていた。 「ジョシュはどこで絵を教わったの。地元?」 「いや、オレの実家は田舎だからね。絵を学ぶにはロンドンへ行くしかなかった」 「ロンドンではどこに住んでた? 塾生の寮とか?」 「あ……えっと、恩師の屋敷に居候してた」  ジョシュアはしきりに懐中時計を気にしている。 「さっきから時計ばかり見てるけど、どうしたの?」 「いや、実は待ち合わせをしてて……。先生――恩師が約束の時間になっても現れないんだ」 「どこかに行く予定が?」 「ウェストエンドの劇場で観劇の予定なんだけど」  時刻は正午をすぎていた。彫りの深い顔にどんどん影が差しはじめる。 「先生が1時間も遅刻するなんてありえない……なにか事件や事故に巻き込まれたのかも」 「あ、あんまり悪い方向に考えない方がいいよ」 「うう、予定どおりなら今頃は先生と一緒にランチだったのに……」  アンリの助言もむなしく、ジョシュアはうなだれて今にも泣き出しそうな顔をしている。時計は正確な時刻を知らせてくれるが、その正確さゆえに、神経質な人をよけいに苛立たせるきらいがあった。けっして口には出さないが、アンリにとっては『たかが1時間』だった。  途方にくれていると、ひとりの駅員が近づいてくるのが見えた。“やっと見つけた”といった表情でこちらへ一直線にやってきた。 「ジョシュア・ハンソンさんですか?」 「はい、そうですが……」 「あなた宛ての電報をお預かりしています。いやー、間に合ってよかった」  駅員は電報を差しだすと安堵の声をあげて去っていった。電報は上部と下部で内容が分かれていた。アンリは内容を盗み見る気はなかったのだが、ジョシュアがこちらに見せる形で紙を開いたので内容が分かってしまった。 『この電文をジョシュア・ハンソンという少年に渡してください。彼は長い黒髪、濃い蜂蜜色の肌、鮮やかな青いひとみをしています』  見ずしらずの駅員がジョシュアの顔と名前を即座に一致させたのはこの電文のおかげのようだ。下部のメッセージが本文になっている。 『仕事の都合で行けなくなりました。大変申し訳ない。埋め合わせは後日かならずします。 W・A・モーティマー』  先ほどまで緊張した面持ちをしていたジョシュアは、顔を緩めて胸をなで下ろした。 「よかった……先生の身に何かあったらどうしようかと……本当に、無事でよかった」 「その、きみの言う『先生』って画塾の講師のこと?」 「ううん、先生は大学の教授。ローレンスのね。講義がわかりやすくて博識で、多くの学生から尊敬されてる。オレに絵の描き方を教えてくれたのも先生なんだ」  ジョシュアは自分のことのように自慢げに語る。アンリは自慢話がきらいだったが、『先生』なる人物について目をかがやかせて語る彼をほほえましく思った。  それにしても、美術学院の教授の屋敷に居候していたという彼はいったい何者だろうか。アンリの疑問は尽きない。

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