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出会い 3
「へえ、大学の教授ってことは、おれもいずれは会えるのかな」
「うん、会えると思うよ……あ」
「どうしたの?」
「先生が観劇に行けなくなったから、チケット1枚あまってるんだ」
ジョシュアはふところから色付きの紙を1枚取りだす。彼は何かを期待するようにちらちらとアンリを見ている。同じ学校の生徒とはいえ、今日出会ったばかりの人間に大事なものをそう簡単に渡していいのだろうか。
「……えっと、おれが貰っていいの?」
「むしろ貰ってくれると助かる」
「おれが隙を見てチケットを転売するかもしれないよ」
「キミはそんなことしないだろ。どう見ても金欲しさに転売する輩には見えない」
ジョシュアは事もなげに応えた。どうしてそんなことを言うんだ、と呆れている。彼は人を疑わない性格だった。
もちろんアンリは転売などしない。ただ、こういった純粋な人間をみると、アンリはついからかってみたくなるのだった。
「もう1枚のチケットは『先生』が持ってると思ってた」
「オレの方から観劇に行こうと誘ったからね。チケットの手配もオレがした。先生は関係者席ならいつでも取れると言っていたけど……」
「先生は劇場関係者?」
ジョシュアは軽くうなずいた。もしや『先生』とはそこそこ身分の高い人物なのではないか。大学教授の肩書きだけではないような気がした。
「関係者席って舞台が見えづらいんだよ。今回の演目はぜったい良い席で観劇したいと思って手配したんだ」
「そういえば演目が何なのか聞いてなかった」
「ああ、言ってなかったね。『ハムレット』だよ。アンリはシェイクスピアは好き?」
「戯曲は読んだことあるよ。でも、おれには合わなかった――」
「戯曲だけで判断するのはもったいないと思うな! じっさいに劇場へ足を運んで、生きた俳優の演技を見てみてよ。文字だけの戯曲とは印象がぜんぜん違うはず!」
「う、うん?」
ジョシュアは水を得た魚のように息巻いた。
「パトリック・エッガー主演! 新人女優のマリア・ボランをオフィーリア役に迎えて話題に! 劇場の創立5周年を記念して催されるハムレットは舞台装置に圧巻の仕かけが施されており、観客を沸かせること必須――」
彼は高らかに宣伝文句を謳いだした。アンリはあっけに取られる。先ほどまでの控えめな彼とは大違いだ。
「あっ……ごめん、つい熱くなってしまって。英国の俳優は知らないよな」
「ううん、パトリック・エッガーはさすがにわかるよ。フランスの娯楽雑誌にも頻繁に取り上げられてるし。おれの姉妹もよく話題にしてる」
「そうか……」
さっきの熱狂ぶりはどこへやら、つい自分をさらけ出したのが恥ずかしくなったのか縮こまっている。
「アンリには姉妹がいるんだな、意外だった」
「姉が3人、おれは末っ子」
「にぎやかそうでいいな。末っ子なら可愛いがってもらえるだろう?」
「いやいやいや……」
姉3人を相手にするのがどれだけ大変かということを力説した。可愛がるどころか良いように使われるということも。彼は終始目を細めてほほえんでいた。
結局、アンリはチケットをもらい受けることにした。ことわる理由もない。ジョシュアの「生きた俳優の演技を見てほしい」という主張にも一理ある。何より単純に、ジョシュア自身に興味があった。
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