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劇場の楽屋裏 2
「ええ、はい、すでに支配人には話をつけてあります」
マリアの背後から現れた人物はホワイト警部補と名乗った。現場指揮官として周囲の聞き込みをしてまわっているらしい。
犯行予告文に踊らされて結局「いたずらでした」では劇場側も大損である。チケットを振り替えるにしても手間がかかることこの上ない。しかしながら予告文をいたずらと切って捨てるには危険すぎる。手紙のとおりであれば、犯人は銃を所持している可能性があるのだ。
かといって「危険人物が劇場内にまぎれ込んでいる」と触れまわるのは得策ではない。来場客にいらぬ混乱をまねくだけだ。
「そこで通常どおり開演していただいて、その間にわれわれ警察が隠密に捜査にあたります」
「支配人も勝手だな。肝心の主役に伝わってないじゃないか」
「長らく軟禁状態にしてしまい大変申し訳ない……」
思い返せば支配人は「楽屋で待機していろ」と言っただけだった。舞台を中止する旨は聞いていない。
「というわけで、早く着替えてね」
「わかったよ、着替えればいいんだろ」
パトリックはウェストのボタンを外すとボトムスを一気にずり下げた。
「きゃあああっ‼︎」
楽屋内にいた者たちは少女のつんざくような悲鳴に肩をビクつかせた。あまりの声の大きさに、楽屋外の警備をしていた私服警官があわてた様子で声をかけてきた。「異常はない」と警部補がこたえて事なきを得た。
マリアはそっぽを向いて彼の行動を非難した。
「乙女の目の前でなんてこと! 信じられない!」
「大げさだな……下着は履いてるだろ」
「紳士なら乙女に下着姿なんて見せません!」
パトリックはお構いなしに舞台衣装を身につけていく。マリアがふり向いたときには既に着衣が完了していた。
「ハムレットは紳士であり下品な男でもある」
「ああ、もう……私の心を乱さないでくれる? そろそろ役作りに没頭したいんですけど」
「自分の楽屋に戻ったら? 僕はきみの神経を逆なでするようだし?」
彼は化粧用のケープをかぶって顔に装飾をほどこす準備をはじめた。マリアは自分の存在を無視した彼の一連の動作に若干のイラつきを覚える。
「言われなくてもそうします……じゃあね」
「そういえばマリア、僕に用があったんじゃないの?」
少女はハッとして入り口で立ち止まる。「そうだった」と、少しきまりが悪そうにぽつりとつぶやいた。
「その件については私の方から説明を」
すかさず警部補が会話に割り込んできた。痴話喧嘩のようなやり取りを遠巻きに眺めていたが、いつまでも待っていられない。
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