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劇場の楽屋裏 3

「マリア嬢が予告文を送りつけた輩に心当たりがあると仰っていましてね。それをお伝えするために楽屋を訪ねたんですよ」 「それ、最初に言ってくれないかな……」  聞くところによると、近頃、マリアは怪しい男に付きまとわれることが多いという。最初は熱心なファンだと思っていた。オペレッタ歌手としても活躍しているマリアのファンは多い。舞台終わりの出待ちは珍しくもないが、その男は毎日欠かさずマリアの元へ現れた。そして求められてもいないのに連絡先を渡してきたり、握手と称して手を握られたりした。  これが連日続いたので、さすがのマリアも気味が悪くなった。しかし、『ハムレット』の公演がはじまると、男の付きまといがぱったりと止んだのだ。 「この人が予告文を書いた人と同じとは思いたくないけど……なぜ公演がはじまった途端に姿を消したのか、気になって仕方なくて」 「もらった連絡先から相手をたどれるんじゃない?」 「連絡先なんてすぐ捨てたに決まってるでしょ。ファンレターの返事は喜んで書くけど、私の方からファンに手紙を書くなんて平等じゃないもの」 「ひどいことするなぁ。女の子が連絡先を教えてくれるなら僕は――なんでもない」  マリアにひどく睨まれたので言葉をにごした。 「いや、その証拠だけで充分です、マリア嬢」 「へっ? そうでしょうか……もし罪のない人を犯人扱いしていたらと思うと、心配で」 「罪はありますとも! マリア嬢に付きまとい、精神的なダメージをあたえた罪が! 許可を得ず女性の体にさわる行為など言語道断! それだけの罪を犯しておきながら、こりもせず殺害予告などを……」  警部補の強引な決めつけに2人は顔を見合わせる。この現場指揮官は果たして頼りになるのだろうか。ドア付近にいる直立不動の警官は下くちびるを噛んで微妙な顔をしていた。 「それで、マリア嬢に付きまとっていた奴の風体はどんな感じです?」 「ええと……見た目からして英国人ではありませんでした――」  マリアは簡潔に男の特徴をあげていった。 「では劇場内外にいる部下たちに予告犯の容姿を伝達してまいります!」  意気揚々と警部補が出ていったあと、パトリックが口を開いた。 「さて、邪魔者はいなくなったし……マリア、僕に化粧をしてくれる?」 「いきなり何? 自分でできるでしょう」 「公演最終日くらい特別感がほしいんだ、おねがい」 「女優に化粧をせがむ俳優なんてあなただけでしょうね」  やれやれといった表情で少女は青年の隣にすわる。  もはや存在を検知されているかどうかも怪しい私服警官は、若い2人の邪魔をせぬよう静かに佇んでいた。

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