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グラッツェル劇場 3
「ジョシュ、英国人のきみにはいきなり失礼な質問なんだけど……英国の食事はまずいの?」
「……どうしてそんなことを知りたいんだ……?」
彼は手にしていたティーカップをソーサーに置いた。先ほどまで愉しげに話していた表情が一気にかたくなる。
「ご、ごめん! 不快な質問だったよな」
「いや、そうじゃない……今まで実家で食べていたフランス料理が食べられなくなると思うと、オレもつらくて……」
「え、なに、どういうこと」
「アンリはフランス人だから食事で困ったことはないだろうけど。英国じゃあフランス人のシェフを雇えない家は等しくまずい食事を摂ることになる」
「つまり学生寮は……」
ジョシュアは無言でうなずいた。結果、「英国の食事がまずい」という噂は本当だった。裕福な家庭のみがぜいたくをできるという当然のことわりを伴って。
「暗い雰囲気にしちゃってごめん、ジョシュ」
「いや、いいんだ。食べるものがあるだけでも幸せなことだって思わないと」
「そうだね……」
こんなことなら聞かなければよかったと後悔した。ジョシュアはすっかり意気消沈している。開演前に最悪の質問をしてしまった。
「本当にごめん。おれは空気を読まないってよく言われるんだ」
「空気を、読む? 面白い言葉を使うんだな」
「要はその場の状況判断ができないってことなんだけど」
「それならオレも『空気が読めない』ことはあるかな。熱中してつい一方的に話してしまう時とか」
(ちゃんと自覚はあるんだな)
少し笑顔を取り戻した彼を見てアンリはホッとした。
「アンリと話していると楽しいよ。いろんな発見がある」
「こちらこそ。ジョシュみたいな男子と話すのは初めてだ」
その道を極めた者特有の、一方的な語り口調で相手を圧倒する質はよく見かけるが、ジョシュアの語りは不思議と嫌な感じがしなかった。困ったことにむしろ聞き入ってしまう。
「あれ、いま何時だろう」
ジョシュアは懐中時計を取りだす。気づけばラウンジには自分たち以外誰もいなかった。
「しまった! あと3分しかない、行こうアンリ!」
「そんなに慌てなくても。ラウンジと客席は目と鼻の先――うわっ」
アンリの手をぐいっと掴みジョシュアは駆け出した。ここから舞台ホールまでゆっくり歩いても3分かからないのだが。廊下で劇場の職員たちとすれ違うたびにニヤニヤと笑われてしまった。
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