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夢うつつ
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『ね、はやく見せてよ』
『落ちつけ、服は逃げないから』
アンリは期待に胸を膨らませていた。たった1人のためだけに仕立てられた服。赤子を抱き上げる母親のように、リュカは専用ケースからスリーピースの仕立て服を取り出した。
『アンリ、おまえの服だ。好きにしていい』
『嬉しい……ありがとうリュカ、大切にする。……着てみていい?』
『ああ』
アンリは急くように着ているジャケット、ベスト、スラックスを脱ぎ捨てた。リュカの手からスリーピースを受け取り、順々に袖を通す。
『どうかな?』
リュカは『完成品』を前にして黙っている。ゆるく波打った黒髪をくしゃくしゃとかき乱し、ことばを懸命に探しているようだった。
『リュカ……? どう、おれには似合わない?』
『い、いや、とても似合う。俺の見繕ったスリーピースが似合わないはずがない』
『ふふふっ、すごい自信』
『そりゃあ俺は仕立て屋だからな。着る人の身分や職業、1人ひとりに合わせてデザインを変えるのは当然だ』
リュカは自信に満ちあふれた顔で答える。
『似合うのは当然として……おまえが気に入ったかどうかだよ。顧客の意向に添えなかったら商売人失格だからな』
『気に入ったよ。大好き、リュカ』
『えっ?』
アンリは素直に服の感想を述べただけなのだが、なぜかリュカは動揺しているように見えた。彼の少しやつれた顔に赤みがさす。
『リュカ、どうかしたの』
『……あ、ああ、気に入ってくれたならよかった』
『さっきから反応が鈍いけど、もしかして寝不足?』
『まあ、ここ最近は徹夜だ。おまえの服のためにな』
『そ、そんなに急いでなかったのに……なんか悪いことしちゃった』
『いや、俺の仕事が遅いだけだよ。本来なら1週間前には仕上がる予定だった。……さんざん偉そうなこと言ってたけど、まだまだ半人前ってことさ』
リュカは自嘲気味に笑う。
『こんな俺でも芸術家を気取りたくてね。こだわりが多すぎるんだ。ここに手を入れたらあれも直さなきゃって。どんどん縫い直す部分が増えていくんだ――笑うか?』
『ううん、作品にこだわる気持ちはわかるよ。ちょっとでも自分の理想に近づけたいって思うし――』
リュカはいきなりアンリの肩を両手でつかんだ。
『そうだ! アンリは美術品として捉えた。どうやったら完璧な作品になるかを試行錯誤した。……“素材が良かった”から、俺はそれに見合うデザインを必死で考えた』
彼の器用な両手はアンリの小さな肩に沿って、じわりじわりと手首まで撫でおろす。床に膝をついてアンリのか細い手を揉みこむように包んだ。
『そう……徹夜だった。これを作ってる間、アンリのことしか考えられなかった……。おまえの魅力を最大限に引き出す生地と、デザインを探すのは苦労したよ……』
『リュカ?』
アンリは後ずさろうとしたが、リュカは力強く手を握ったまま離そうとしない。
『しばらく、このままでいさせてくれ……ああ、本当に……素材がいい……』
膝をついて手の甲に頬ずりをする彼の姿は、奴隷か物乞いのしぐさを思わせた。時おり指先に生温かい吐息がかかり、全身の肌が粟立った。
アンリは気づいてしまった――年上の幼馴染が自分に並々ならぬ感情を抱いていることを。
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