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学生寮にて1

✳︎ ✳︎ ✳︎  青い瞳が心配そうにアンリを見おろしている。磨き上げられた宝玉のような瞳は淡く輝いていた。 「……おはよう、ジョシュ」 「おはようアンリ。顔色悪いけど大丈夫か?」  ここは学生寮の一室。薄い市松模様の天井、ハッとするほど白い壁紙、靴の縁が映り込むほど磨かれた床板。白熱電球の照明は2人部屋には不必要なほど明るい。寝台の木肌は象牙のようになめらかで、心地よい自然の香りがほのかに漂ってくる。ヘッドボードには幾重にも重なる豊かな曲線の彫刻が中心から花ひらくように描かれている。イスの背もたれ、本棚の天板、クローゼットの扉にも同様の彫刻があった。学生寮としては申し分ない設備だ。  なんの偶然からか2人はルームメイトだった。ジョシュアはすでに着替え終わって、懐中時計の鎖をボタンホールにかけているところだった。糊付けされた白い襟が蜂蜜色のジョシュアの肌をいっそう引き立てている。  アンリはむくりと上体を起こす。何をするでもなくぼうっとしていたが、しばらくすると両手で顔を覆って深く溜息をついた。 「昔の夢を見てた……」 「どんな?」 「おれの幼馴染が――いや、やめよう、入学初日でややこしい話は」  のろのろとベッドから這い出し制服を手にとった。寝巻き――というより手首から足首まで覆われた下着姿のまま、シャツに袖をとおす。白の細い格子縞が入った黒地のスラックス、黒のネクタイを間違いのないよう身につける。唐草模様のすかしが入った真紅のベストは襟付きで、金糸が縁取られている。最後にライトグレーのジャケットを羽織って、オリーブ色の髪をヘアローションで撫でつけたら準備完了である。  張り出した窓ごしに外の景色を見た。寮とは向かい合わせに建っているはずの学校が白くぼやけて見える。濃霧が立ち込めて敷地外の景色を抹消していた。 「昨日から気になっていたけど、アンリは時計を持ってないのか?」 「あるにはあるよ。毎日ネジを巻いてないから針を合わせるのが面倒で――」 「あるなら貸して」  ジョシュアは考える暇を与えない。たしか旅行鞄の中に投げこんであったはず。鞄をひっくり返すと、ころんと懐中時計が飛び出してきた。 「そんな扱いじゃ壊れる」 「ごめん……」 「オレが時刻合わせてあげるから」 「ありがとう、助かるよ」  ジョシュアは自身の時計を見比べながら時刻を合わせた後、裏蓋をあけ鍵を差して巻き上げた。何事もなく息を吹き返した時計をアンリに手渡す。 「はい、時計は毎日巻かないとダメだよ?」 「気をつける」 「この時計かなり古いけど。巻き上げただけで動くってことは、ちゃんと手入れしてあったんだな」 「父のお下がりだよ。最近全然見かけなかったな。こっそり爺やが巻いてくれてたのかも」 「……これからは自分で巻くんだよ」 「はあい」  ジョシュアを見習い、時計の鎖をベストのボタンホールにかけてポケットに収納した。  「改めて、今日からよろしく、アンリ」 「うん。よろしく、ジョシュ」

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