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学生寮にて3
「そういえばジョシュ、長い長い休暇のあいだ、何してたの? ぼくは3回も手紙出したのに、きみから返ってきたのは1回だけだったね?」
「ごめん、筆不精でなかなか書けなくて」
「ひどいよ、ぼくはジョシュのために一生懸命考えて手紙を書いたのに」
「本当にごめん……ちゃんと手紙は読んだよ。ねえ、クラウスのルームメイトはどんな子?」
「えっと、外国人? たぶんアジア系。挨拶だけでまだちゃんと話してないからどんな子なのか分かんない」
クラウスはジョシュアに抱きついたまま、からだを離そうとしない。青い瞳が助けを求めるようにアンリに目配せした。
(仕方ないな……)
「ジョシュ、知り合いなら紹介してよ」
「あっ、うん。クラウス! 彼はオレのルームメイトのアンリだよ」
「アンリ・デュ・ゲール、フランスからの留学生。よろしくね」
「えっ……ルームメイト?」
小動物のようにはしゃいでいた少年は「ルームメイト」という言葉を聞くなり沈黙した。
「この子はクラウス・ベルツ。画塾で一緒だった友達。まだ13歳で、今年の最年少合格者」
クラウスは黙りこくってアンリとジョシュアを交互に見比べている。見る見るうちに不機嫌な顔になり、ついには敵意むき出しでアンリを睨みつけた。
(初対面でいきなり何なんだ? おれ何かした……?)
「クラウス、どうした? 不機嫌そうな顔してるけど」
「…………いやだ」
「⁇ なにが嫌なんだ?」
「ぼくはジョシュと一緒の部屋がよかった」
「うーん、学校で決められたことだしなあ」
「そう、だよね」
クラウスは残念そうにうつむく。何かを思いついたのか急にしおらしくなり、上目遣いにアンリへ問いかける。
「きみフランス人なの?」
「ああ、そうだよ。ジョシュとは昨日出会ったばかりだ」
「ふーん。出会ってたった2日で、ジョシュとどこまでいったの? フランス人は奔放というけれど。慎み深い英国人には真似できないよ」
「はあ?」
なんだこいつ――と喉から出かかった台詞を寸前で飲み込む。まさか小動物のような少年に煽られるとは思っていなかった。どこまでいった、は恐らく場所の話ではない。アンリは努めて冷静にことばを切り出した。
「きみは英国人か? それにしては随分と厚かましいじゃないか。英国人は礼儀正しく慎み深いんだろ? 初対面で相手を睨みつけるのが紳士の礼儀なのか。一度『会話』の意味を辞書で引いてみたらどうだ? きみときたら一方的に相手に話しかけて『会話』をしようともしない。きみがやってることはただの独り言だ。ジョシュが困ってるのがわからないのか。それと人前でくっつき虫みたいに抱きつくのはどうかと思う。幼児ならともかく、きみはもう13歳なんだろ? 分別がつく年頃だと思うんだけど。紳士の国が聞いてあきれ――ぶっ」
クラウスは片手に提げていた革製の鞄をアンリの顔面へと投げつける。その隙にアンリとジョシュアの間を突っ切って逃走した。ちらと垣間見た幼い横顔は涙を浮かべているように見えた。
凶器と化した鞄を拾い上げてジョシュアは小さく溜息をついた。砂埃をはたくたびに弛む鞄――中身はたいして入っていないのだろう。教科書がパンパンに詰められた鞄を投げつけられていたら鼻の骨が曲がっていたかもしれない。
「言い過ぎたかな……」
「多少ね。クラウスの鞄はあとでオレが届けておくから」
ジョシュアのあきれた顔は、年下相手に大人げなく反論したアンリに向けてのものか、それとも紳士にあるまじき暴力に訴えたクラウスに向けてのものか分からなかった。
わずかにヒリついた鼻梁と頬骨を気にしながら、アンリはその日1日を過ごした。
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