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授業初日2
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「――アンリ、アンリ」
「えっ、なに?」
「昼食に行こう。午前の授業は終わったよ」
ジョシュアに話しかけられてはじめて、教室が空っぽであることに気づいた。皆モチーフと画板 をそのままにして出払っている。クラウスは――教室の出入り口に寄りかかって腕を組み不満げな顔を晒している。隣に座るヴィクターは机に片ひじをついて興味深そうにアンリを見ていた。
「『止め』の合図をされてもまったく気づいてませんでしたね。すごい集中力だ」
「ああ、ごめん。先に行っといてくれていいのに」
「アンリがあまりに熱中していたのでわたしは声をかけ辛かったんです。そしたらジョシュアが――」
「ヴィクターは“控えめ”だから……アンリはぜったい昼食を食べるのも忘れて午後の授業を受けるだろ」
「いや? そんなことない」
「どうだか……あっ」
ジョシュアがアンリのカルトンに目線を落とすと、そこにはほぼ完成と言ってもいいデッサンが描きあがっていた。
「――アンリのデッサンは初めて見たけど……キミ、こんなに上手かったんだな」
「ありがとう。でも自分ではまだまだだと思ってる」
「ここまで描ける人はロンドンの画塾にもいなかったな。大学の試験並み――いや、それ以上かも」
ジョシュアは目を丸くしてアンリの静物デッサンを繁々と眺めている。ヴィクターも片ひじつくのを止めて身を乗り出してきた。
「へえ……これは! パリの画塾にはアンリと同じレベルの生徒がごろごろいるんです? だとしたら末恐ろしいですね」
授業中つねに隣にいたにもかかわらずアンリのデッサンが一度も目に入らなかったらしいヴィクターは、今初めて見るような反応を示した。パリの画塾――今はもう思い出したくもないが、ここで否定してはただの自画自賛になってしまう。画塾そのものに嫌な思い出があるわけではないし、世話になった塾講師もたくさんいた。画塾の名誉のため、ここは肯定して置くのが無難ではなかろうか。
「まあ、そうかな」
「パリって怖いところですね。さすが芸術が栄えた都市」
「ヴィクター、芸術分野なら英国も負けてないぞ――」
「はーやーくー! 昼休みが終わっちゃう!」
ジョシュアが反論しようとすると、ついに痺れを切らしたクラウスが3人を急かす。両手を腰に当て、大股で出入り口に陣取っていた。
「きみたち、お昼食べないの?」
さんざん待たされたクラウスは至極まっとうな質問を投げかける。ほおを膨らませた愛らしい姿に3人は顔を見合わせて笑った。それがよけい気にさわったのか「ひとりで食べてくる」といって立ち去ってしまったので3人はあわてて追いかた。
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