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クラウスの回想1
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2年前、クラウスは父に連れられてとある美術館へ出向いた。当時のクラウスは――多くの人がそうだが、芸術を表現する側ではなく、あくまで鑑賞する側だった。残念ながらクラウスは鑑賞する側の中でもかなり不真面目な鑑賞者だった。
彼の父、ベルツ氏は現代画家の常設展を丹念に鑑賞していた。彼は何かを探しているようすで、『おかしいな』とか『ここにあったはずなのに』とかつぶやいていた。やがて彼は近くに立っていた学芸員を捕まえて『レムスター卿の絵画はどこにありますか』と尋ねると、学芸員は目的の絵画の場所まで案内した。
ある独立した展示室に入ると、
『そう、これだこれだ! クラウス、ちょっとこっちへ来てみなさい』
『なあに? お父さん』
『はやく!』
クラウスは展示品を早々に観終わって、背もたれのない長椅子にすわって寛いでいた。ふだん穏やかな父の声が妙に弾んで聞こえるような気がする。父のせかす声に導かれて独立した展示室に入ると、真正面の壁面に大きな絵画がかけられていた。杖を持った老人が妖精を操って幻想的な世界を作り出している。3人の女神、無邪気なニンフ、着飾った人々。みな表情豊かな仮面を被っていた。
真鍮のプレートには作者の名が刻まれている。ご丁寧に「説明文」が添えてあるのだが、11歳のクラウスには半分も理解できなかった。
『これは……なに?』
『シェイクスピア最後の単独作「テンペスト」の一幕を描いた作品だよ。この絵は当時、同名舞台の告知ポスターにもなった。作者のレムスター卿はとても気前のいい人だったから、なんの見返りも求めずにこの絵を美術館へ寄贈したんだ。これはね、魔術師プロスペローが娘のミランダとナポリの王子ファーディナンドを祝福するために見せた幻影を描いたものだよ。シェイクスピアはエリザベス王女の婚約を祝うためにこの戯曲を書いたとも言われている。「テンペスト」はシェイクスピア作品の中で数多くオペラ化されてきたロマンス劇なんだ。クラウス、この大作を見てどう思う?』
『……よくわかんない』
熱心な作品解説をひとことで一蹴した息子にベルツ氏は失望する。
『はあ……もっと劇場に通わせるべきだったか……』
『そんなにがっかりしないでよ。だってぼくが劇場に行けるようになったのはつい最近でしょ』
劇場には年齢制限がある。小さな子どもは劇場には入れない。
『ああ、そうだった……でもおまえ、初めて劇場に行ったとき半分以上は寝ていたね』
『そ、そうだっけ……』
クラウスは記憶をたぐり寄せるが、何も思い出せない。半分以上夢の世界にいたのだから当然の結果である。
ベルツ氏は我が子の不真面目さに嘆いた。しかしまだ11歳であることを思い出し、考えを改める。
『思えば、おまえに古典劇はまだ早かったな。上演時間が短めの喜劇を選べばよかった』
『悲劇でもいいよ』
『悲劇じゃおまえは寝てしまうだろうに――』
ベルツ氏はため息を漏らす。
クラウスは展示室内をひとつひとつ目を凝らして鑑賞した。メインの絵画は「テンペスト」それひとつで、あとは習作だったり別の一幕を描いた鉛筆画が飾られていた。その中でも特に、ふたりの美しい男女が岩屋でチェスをしているイラストに心惹かれた。岩屋の奥の出入り口で興味深げにその様子をうかがう3、4人の男たち。「テンペスト」の一幕らしい。鉛筆画の上から薄く色づけされている。どちらかというと、大作の絵画より鉛筆画のイラストの方がクラウスは好きだった。
壁かけ時計が時報を鳴らす。
『もうこんな時間か。よし、クラウス、美術館はこの辺にして次の場所へ出かけよう』
『どこへ行くの』
『この絵を描いた人のところへさ』
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