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クラウスの回想3

 レムスター卿の言葉を受けてベルツ氏は深くうなずいた。 『その体現者であるレムスター卿を見込んでお願いする。我が子クラウスをあなたの弟子に――』 『お断りします』 『な、なぜかね? 近頃あなたは弟子を屋敷に置いていると聞いたが……1人もふたりも変わらないのでは』 『私は誰でも弟子をとるわけでは――そもそも弟子という言い方がしっくりこないのですが……生徒ですよ。彼の実家は遠方にあるので私の家に住まわせているだけです』 『うーん、そうか……しかし……』 『我が子の将来について心配になるお気持ちはよくわかります。私にも幼い息子がおりますから』  いまいち納得していなさそうなベルツ氏は一息つこうと紅茶で喉を潤した。   『ベルツさん、画塾をご存知ですか。美術学校を志す生徒が在籍する塾です』 『聞いたことはある、詳しくはよく知らないが……それがなにか?』 『我が家に居候している生徒もそこの塾生なのですよ。私とて大学の講義がありますし、彼に付きっきりで教えてはいません。ご子息より少し年上の心優しい少年です。もしよろしければ彼に会ってみませんか』 『え? ああ、お願いする』  レムスター卿は呼び鈴を鳴らす。入ってきた執事に『ジョシュアをここへ呼んできなさい』と指示した。執事は恭しく返事をして下がっていった。  自己紹介して以来ずっと押し黙っていたクラウスがようやく口を開いた。 『ねえ、ちょっと待って。勝手にぼくの将来を決めないでよ! ぼくの意志は無視?』 『じゃあほかにやりたいことがあるのかね、クラウス。まさか法曹に関わりたいなんて言うんじゃないだろう?』 『まだわかんないよ……やりたいことなんて』 『そんな悠長なことを言ってるからおまえの兄がのさばるんだ』    レムスター卿は親子ゲンカを黙って聞いていた。ふた口目の紅茶はすっかり冷めきっていて、彼はそれ以上口に含まずティーカップを置いてしまった。 『ぼくを意志薄弱みたいに言わないで! ぼくは兄さんの言いなりにはならない!』 『クラウス、貴人の前で大声を出すのはやめなさい』 『だいたい弟子って何の話? ぼく何も聞いてないよ――』  応接間の扉がノックされる。レムスター卿は『どうぞ』といって扉の外側にいる人物に入室を促した。 『失礼します……』  入ってきた少年の顔は眠たげで、まぶたを重たそうに瞬かせている。 『呼び出してすみませんね、ジョシュア。お昼寝中でしたか?』 『リッキーを寝かしつけてたら、いつのまにか一緒に……』 『ああ、ありがとう。いつも助かります』  恥ずかしそうにしている少年の労をねぎらう。少年はレムスター卿の背中越しにベルツ氏を確認すると軽く会釈をした。 『こちらは私が長年お世話になっているベルツさん。ジョシュア、ここへ来てご挨拶をなさい』  ジョシュアは挨拶をしようと中央のローテーブルに近づいて――ベルツ氏の隣に小さな少年がちょこんと座っていることに気がついた。レムスター卿の背中がちょうど死角になっていてクラウスを隠していたのだ。  当のクラウスは父親の身勝手な取り決めに不機嫌な顔をあらわにしていたが、入室してきたジョシュアを見るなり態度が激変した。 『お初にお目にかかります、ジョシュア・ハンソンと申します。せん……レムスター卿のご厚意でお屋敷に居候いたしております』  ジョシュアの慇懃な挨拶に真っ先に立ち上がり反応を示したのはベルツ氏ではなく―― 『はじめまして、ぼくはクラウス・ベルツ! きみに会えて嬉しいです!』 『えっと……オレも会えて嬉しいよ。よろしくね、クラウス』  ベルツ氏に挨拶せよと言われたのになぜか隣に座っていた金髪の少年と握手を交わしている。 『ジョシュアは目が綺麗だね! そんな明るい空色の瞳はじめて見た』 『あ、ありがとう……オレのことはジョシュでいいよ』 『うん、ジョシュ!』

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