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※憩いの場4※
そうこうしているうちに4階に到着した。人っ子ひとりいない。誰も立ち寄らない理由は明白だった。厳重に分厚い布で包まれた石膏像が無機質に並んでいるだけ。商品札を確認しなければどれがどの石膏像なのか区別もつかなかった。隅の方にうず高く積まれた梱包材や商品の在庫らしき木箱、掃除用具などが乱雑に壁面に寄せられている。もはや売り場というより倉庫だった。あまりに殺風景なので視界に入った瞬間引き返そうかと思ったほどだ。しかし――運悪く2人はある現場を目撃してしまった。
誰もいないはずの売り場から激しい息づかいが聞こえてくる。それは、汗だくの裸体をさらした男だった。こちらに背中を向けているガタイのいい男は細身の人物に覆い被さり、無我夢中で腰を打ち据えていた……。思わぬところで逢い引きの現場を目撃してしまい、アンリとクラウスは気まずそうに目を合わせた。おそるおそる、気づかれないようにその場を離れようとしたが、あることに気づいて全身が硬直した。仰向けで組み敷かれている白い脚の持ち主は……男性だったのだ。
腰が打ち据えられるたび、吐息まじりの湿った声が漏れてくる。色白の青年は股をM字に開き、恍惚の表情を浮かべている。互いの名前を繰り返しささやき合うのが聞こえる。ふたりは間違いなく愛の営みを交わしていた……男同士で。露わになった結合部が体液にまみれて水音を立てている。
アンリは目の前で行われているふしだらな行為に息を潜めていた。あまりの衝撃でめまいがした。
肌と肌が激しく擦れ合う音が薄暗い空間にこだまする。ガタイのいい青年は背中を向けていてアンリたちに全く気づく気配がない。お互い目の前の恋人しか見えていないのだ。しかし、恋人の愛撫を一身に享受している色白の青年のとろけ顔が一瞬にして覚醒する。
「ん、あっ……ま、まずいよ、見られた!」
指差されたアンリたちは非常に気まずい立場におかれている。どうして早く逃げなかったのか。衝撃の現場を目撃した2人は緊張のあまり身体が硬直している。色白の彼が激しい動揺を見せているのに対し、ガタイのいい青年は落ち着き払ってアンリたちを横目で睨みつけただけだった。
「どうしよう、通報される! ああ、終わりだ……終わりだ……!」
「大丈夫、あいつらも『同類』さ」
組み伏せている青年は体勢を崩さず顔だけアンリの方に向けて、
「あいにく俺たちが先約だ。30分経ったらまた来な」
「せ、先約?」
「わかったらさっさと行け。こっちは貴重な時間使って逢い引きしてるんだ」
そう言いきると彼らは、少年たちが見ている前で堂々と『逢い引き』をはじめたではないか。青年はもう侵入者のことなど気にもかけず、2人だけの世界に没頭していた。弾力のある肌と肌がぶつかり合う音がふたたび空間に響き渡る。その『逢い引き』行為は見るに耐えず、少年たちは慌てて階段を駆けおりていった……。
(同類? おれが同類だって?)
自分の腕にすがりつくクラウスを見て勘違いされたのかもしれない。いっきに1階まで駆けおりたせいで息が上がっている。クラウスはネクタイを鷲掴みするように胸を押さえ肩をわなわなと震わせていた。13歳の少年にとってあの光景は刺激が強すぎたか。
「クラウス、いま見たことは忘れて――」
「知らなかった……知らなかった……だって誰も教えてくれなかったし……」
「クラウス?」
彼の顔は上気して、噛みしめるように笑みをこぼしていた。
「まだドキドキしてる……ああ、男同士でも愛の営みはできるんだ! 見たときはびっくりしたけど……そうだよね、男同士なら、あそこしか受け入れる場所ないもんね……」
(クラウスは何を言ってるんだ)
彼の発言にアンリは愕然とした。知らないままの方が幸せだったかもしれない。この純真無垢なる少年は男同士の性的関係が罪になることを知ったらどうするのだろう。プラトニックな恋愛感情は誰も罰することはできない。しかし、肉体関係を結ぶことは法律的にも道徳的にも許されないのだ。
(ままごとだろ? 本気にしたらいつか身を滅ぼすぞ?)
てっきり彼のジョシュアに対する感情はプラトニックなものとばかり思っていた。友情と独占欲が複雑に絡んでこじれたもの。まさかクラウスが――13歳の少年が友人に性的関係を望んでいる? もやもやした感情が晴れないまま画材屋の出入り口をくぐる。クラウスは辺りをはばかるようにして耳打ちした。
「アンリは男同士のやり方、知ってたの?」
「…………知ってた」
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