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ウィリアムのおもてなし4

「いっそのこと髭でも生やせば10歳は年かさに見えますかね」 「先生には似合いませんよ。ねえ、リッキー?」 「お髭いらなーい」  ジョシュアはリッキーに賛同を求める。幼な子は父の髭がお気に召さないようだ。 「やれやれ、ふたりして私をいじめるんですか。見たことないでしょう……私が髭を生やしている姿なんて」 「オレはありますよ」 「おや、それはいつ?」 「先生とはじめて出会ったとき」 「――ああ、そうだ、そうでしたね……あのときは……」  スプーンを持っていた手が止まる。ウィリアムは目を伏せて言い淀んだ。なにか言いかけていたが、リッキーが彼の袖を引っ張って抗議したため中断された。 「ねえ、お父さま、お髭はいや。きれいなお顔のお父さまが好き」 「安心して、リッキー。髭があったらあなたの柔らかい頬にキスできなくなってしまう」  むろん髭があってもキスはできるのだが、それは彼の気持ちの問題だった。  古今東西、髭は成人男性の証である。こと英国では髭を生やすも剃るも自由のはずだが、威厳を保ちたい紳士たちは皆競うように髭を生やしている。ウィリアムが顔をきれいに剃っているのは、愛する息子の要望に応えると同時に、自身の赤い体毛がコンプレックスになっているからだった。  前菜とスープを早々と平らげて、手持ちぶさたに談笑していた。食べ盛りの少年たちは次に来るであろう魚料理が待ち切れない。クロッシュ付きの皿が運ばれてくる。使用人たちの手によってクロッシュが外されると、ジューシーな香りとともにふわっと湯気が立ちのぼった。 「わあ、大きなエビ!」  赤々とした大振りのオマールエビが皿に鎮座しているのを見てリッキーは歓喜の声をあげた。 「お昼からこんなにぜいたくしていいのかな?」 「いいんですよ、今日だけは――」  壁際に控えていた乳母がリッキーの食事補助をするために進み出た。 「ああ、結構。リッキーの分は私がやります」  ウィリアムがそう伝えると、恐れ入れますと言って乳母は元の位置へ下がった。オマールの殻は外しやすいように調理されていたが、リッキーにとっては難易度が高い。ウィリアムは手際よく殻を外し中身を食べやすいように切り分けた。ソースのついた指をフィンガーボウルに浸けて洗い流し、ナプキンできれいに拭う。リッキーは父親の手際のよさをしげしげと眺めていた。 「ありがとう、お父さま」 「いつかは自分でできるようにね。さあ、冷めないうちに食べましょう」  リッキーにフォークを手渡した。さっそく口周りをソースだらけにして、ナプキンにソースがぽたぽたとこぼれ落ち染みを作っていく。ウィリアムは息子の食べっぷりに始終笑みをこぼしていた。 「……懐かしいな。実家で最後に食べたのもオマールだった。味付けも故郷でいつも食べてるものと同じ」  アンリは皿に溜まったクリームソースをたっぷりつけて口に運ぶ。噛みしめるたび故郷のことが思い出されるのだった。 「当家自慢の料理人が腕をふるって調理しました。あなたの感想を伝えておきます――フランスの客人が褒めていたと」 「やっぱり料理人はフランス人ですか?」 「いえ、英国人ですよ。パリで修行を積んだ一流の料理人です。大抵の客人はフランス人が作っているものと思うでしょうね。英国の料理人だと伝えると驚かれます――フランス人を雇うのが当然と思い込んでいる人ほどね」 「英国の料理人はなかなか貴族邸では雇ってもらえないから。先生は実力主義なんだよ」  ジョシュアがアンリに向かって補足を入れる。英国の料理事情は複雑だ。 「実力主義というわけでは……たまたま邸に来てくれたのが英国人だっただけです」  パンを残ったクリームソースに浸して皿の上をきれいにする。最初に平らげたのはなんとリッキーだった。3人と同じ分量を食べきったのだから4歳児の食欲は侮れない。小ぶりのグラスに乗った口直しのシャーベットをうまく(すく)えず、テーブルに丸ごと落としてしまった。むざんにも潰れてべっとりとくっついたシャーベットを見て、リッキーは泣き出した。「お父さまの分をあげる。だから泣かないでね」とウィリアムが機転を利かせて取り替えるとたちまち泣き止んだ。小さな紳士は現金な性格である。  口直しのあとは脂身の乗った肉厚なステーキ。魚介料理もいいが、やはり食欲旺盛な少年たちにとって肉料理は欠かせない。ウィリアムはふたたび我が子のために肉を切り分けている。 「ふたりはルームメイトと聞きましたよ」 「はい、相性の悪い子がルームメイトだったらどうしようって不安だったんです。相手がアンリで本当によかった」  ジョシュアは白い歯を見せて笑い、アンリと目を合わせる。

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