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ウィリアムのおもてなし5

「毎日顔を合わせる同居人ですからね。相性がいいに越したことはない。学校生活は楽しいですか?」 「楽しいです。作品づくりがうまくいかなくて悩むこともありますけど……画塾みたいにピリピリした雰囲気じゃないのが良いところです」 「ははは、そうでしょうね。試験に受かりたい一心で精神的に不安定な生徒ばかりですから。――そうだ、ベルツさんのご子息のクラウスも入学が叶ったとか。いやはや13歳にして試験に合格するとは……」 「すごいですよね。でも入学してからは実技科目以外で苦労してるみたいです」 「なるほど。どうしても基礎科目が苦手で進級できなかった生徒も実際にいますからね……いちど学校のカリキュラムを見直す必要がありそうだ。ふたりは大丈夫なんでしょう?」 「可もなく不可もなく」 「まあ、無事に進級できればそれでよいと思います。美術学校ですから」 「あ……でも、アンリはオレと違ってなんでもこなせるんです。基礎は成績優秀だし、実技にいたっては――みんな舌を巻いてると言うか。ひとりだけ画力が軍を抜いて――」 「やめてよ。あんまり言われると、照れる」 「ああ、ではやはり噂は本当だったんですね」  ウィリアムはひとり納得したようにうなずいた。 「噂になってるんですか」  アンリは頭を抱えたくなった。 「それはもう。あなたのデッサンを見たとある教授が嫉妬で怒り狂うほどに。『絵画科教授を嫉妬狂いさせた稀代の生徒』として噂で持ちきりです」 「なんでおれの作品が大学まで回ってるんですか?」 「教材にしてもよいとアンリが言ったんでしょう」 (そりゃ許可はしたけどまさか大学にまで行き渡るとは思ってないよ……) 「絵画科の教授って、もしかしてマックス先生ですか?」  ジョシュアが顔をゆがめる。 「ご名答。まったく、10代の生徒に嫉妬するとはみっともない――嫌そうな顔をしてますね、ジョシュア」 「あの人は苦手で」 「マックスおじさま、やさしい人だよ」  肉をほおばりながらリッキーが言った。 「彼は人を選ぶ性格ですからねえ……リッキーはだれに対しても人見知りしないので話しやすいのかも」 「マックスっていう先生はそんなに気むずかしい人なんですか?」  ふだんから別け隔てなく人に接しているジョシュアが嫌悪感をあらわにしたのは珍しい。彼が苦手だという教授はどんな人物なのか気になった。 「ふふ、気むずかしいだけならまだ扱いが楽なのだけど。学生たちはみな彼を『変人』と呼んでいます」 ――変人。芸術の世界には独特な人間が数多く存在する。その中でも特にこだわりが強く、ときに常識をうたがう行動をとる、天才的な才能をもった人間。 (…………おれはとんでもない人に目をつけられたのでは) 「世間を騒がす芸術家や要人に難癖つけることはあっても、けっして生徒に嫉妬することなどなかったのに……よほどショックだったのか。ここ数日、周りの学生や教員は腫れものに触るように様子をうかがっています。のちのち講義に影響しないといいけれど」 「アンリ、気にしない方がいいよ。マックス先生は気分屋だから。どの道あと3年間は関わることもないんだし。……そうだ、キミが舞台芸術を選択すればあの人の顔を見ずに済むよ」  となりに座る友人の、無意識の拒絶と勧誘にアンリはふっと笑う。顔も見たことがない人物だというのに、アンリの中ではすでにイメージが固まりつつある。他人の才能に嫉妬する芸術家といえばありきたりだが、嫉妬心が創造の原動力になる芸術家もそれなりにいた。 「絵画科の学生はマックス先生のおかげでいつも苦労してるらしいよ。血も涙もない課題講評をするし学生を褒めたと思ったら次の日には散々に貶すような人だから」 「ジョシュア……あまり彼をいじめるのはよしなさい。かわいそうでしょう」 「ごめんなさい、つい」  小動物をいじめている少年に注意を促すような身も蓋もないフォローをする。軽く注意するだけで特にとがめられないあたり、ジョシュアの言うことはすべて本当なのだろう。 「ウィリアム先生は舞台芸術の教授なんですよね?」  すでにジョシュアから聞いていたことをあらためて問う。 「光栄なことに学部長を務めています。学部の長といっても基本的に他の教授と扱いは変わりませんね。広いアトリエが与えられる以外には」  舞台芸術学部演劇科。学科がひとつしかないため学内では演劇科と言えば通じる。本来であれば舞踊科なり俳優科なり学科を細分化すべきところだ。そうしないのは舞台芸術に幅広く興味を持ってもらうためとしている。

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