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ウィリアムのおもてなし7
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大学構内、ウィリアムのアトリエにて。つかの間の昼休み、部屋主は執務机で姿勢よく読書にいそしんでいる。室内で大人がひとり楽しむ娯楽のひとつ。いつにも増してアトリエ内は静かだった。ウィリアムの読書もはかどるというものだ。彼としては、静かすぎるこのアトリエ内が物足りなくなっている。読書がはかどる代わりになにか物足りなさを感じているのだった。それというのも彼の同僚、マックス・グレイがここ1週間まったくアトリエに顔を見せないからだった。ウィリアムの方から彼のアトリエに出向くこともあったが、ここ最近、いつ行っても『入室禁止』のプレートが掲げられていた。
それでも蔵書利用のためにウィリアムのアトリエを訪れる者が何人かいて、短い雑談を交わして帰っていく。昼休みを知らせる鐘から30分。マックスはいつもこの時間に現れる。今日来なければまた記録を更新してしまうなとウィリアムが考えはじめていると、扉がノックされた。
「どうぞ。やっと機嫌が治ったんですか、マックス――」
「えっと……?」
扉から顔を覗かせていたのは――若い青年だった。色素欠乏症 を思わせる儚げな肌の白さと白髪に近い金髪。体格がよく色白の顔を縁取るように薄くあご髭を伸ばしている。マックスとは見間違えようがない。しいて類似点をあげるなら眼鏡をかけていることか。
「失礼、人違いです」
「ここはウィリアム・モーティマー教授の執務室でまちがいないかな?」
アトリエを執務室と呼ぶのは外部から来た人間だけだ。
「はい、私がモーティマーです」
「え……君が? 教授で、学部長?」
青年は目を丸くしている。「30歳にも満たぬ若造が権威ある役職に就いているとは驚きだ」という顔でウィリアムをまじまじと見ていた。基本的にウィリアムは自ら年齢を明かさない。年齢を誇示することの無意味さと、年齢によって態度を変える相手の人間性にうんざりしていたからだ。それでも何歳かと問われれば答えるのみだが。
「学部長には見えぬと初対面の方にはよく言われます」
「申し訳ない」
「いいえ、気にしていませんよ。それで……あなたはどこの学生ですか?」
仕返しとばかりに思ってもいないことを言ってやった。
「が、学生? そんなに子どもっぽく見えるかな……」
「失礼、あなたが初々しくてつい学生かと勘違いしてしまった」
青年は自分と1、2歳しか違わないであろう(と思い込んでいる)相手に学生呼ばわりされいじけている。眼鏡越しに見える青年の純朴そうな瞳にウィリアムは庇護欲にも似た感覚をおぼえた。
「ひどいな、僕も一応は教員なのに」
「教員? ではあなたが例の新しい……」
「うん、話が早くて助かるよ」
ふたりは自然に握手を交わした。日焼けしたウィリアムの手と比べると病的なまでに白い肌が際立つ。
青年はベネディクト・ユリと名乗った。北欧出身で幼い頃から各地を転々としていたという。
「どうして英国へ? やはり学長に推薦されたからですか」
「それもあるけど……華やかな生活よりも将来の安定をとりたかったから、かな。才能はいつまでも持てはやされるものじゃないって気づいたんだ。それで、いい機会だからちゃんとした職に就こうと――あ」
ベネディクトは何かに気づいて言葉につまる。
「これ、才能がないやつの言い訳みたいだな」
「私はそうは思わない。芸術家は勝手に生まれてくるわけではありません。あなただって彫刻の技術を習得するために誰かに師事したでしょう? この学校に従事する教員たちのことを、才能に限界を感じた敗者の集まりだとあなたは思っていませんか? 教育者として芸術家を育成することに誇りが持てない人に教員でいてほしくはない」
「す、すまない。君の誇りを傷つけてしまった」
穏やかなウィリアムの様相が一変したことに驚き慌てふためいている。ウィリアムも言いすぎたと感じたのか咳払いをして取り繕った。アトリエ内にまだ学生たちがいることに気づいたのだ。本棚の隙間から数人の学生が何ごとかと覗いている。
荒げた声を正しながらウィリアムは言った。
「こちらこそ、初対面で説教じみたことを言って申し訳ない。将来の安定をとったあなたは間違っていませんよ。とても堅実で真面目な選択だと思います」
堅実で真面目、気取らない性格で才気があり、そのうえ眉目秀麗とくれば――パトロンの寵愛を受けるのはもっともだ。ベネディクトがまだ気まずい顔でおどおどしている。ほかの話題に変えたほうがよさそうだ。
「マクシミリアン・グレイ教授を知っていますか」
「あ、ああ。美術学部の学部長だね。午前中に挨拶に行ったのだけど……入室拒否の札がかかってた」
「でしょうね……」
「何かあったの?」
いまいち状況を理解しきれていない彼はウィリアムの説明を受けて事の次第を把握した。
「子どもみたいな人だ」
「事実、年齢を重ねただけの子どもですね、彼は」
「さっきから話を聞いてると君はずいぶんグレイ教授と仲がいいな」
「長い付き合いの友人です。あなたは美術学部の教員だからマックスと関わる機会は多くなるでしょう。もし彼の扱いに困ることがあれば私を頼ってください。――今日みたいに篭城 されるとどうしようもないけれど」
じっさい彼の難儀な性格はトラブルの元で、これまでに何度か「彼をどうにかしてくれ」と泣きついてくる者もいた。
「うん、そうする。いろいろ教えてくれてありがとう」
ベネディクトはここで初めて笑みをこぼした。髭を伸ばしているにも関わらず、彼の笑顔は少年のような幼さを残していた。
彼が去ったあと、ウィリアムはニヤリと笑い独りごちた。
「私の勝ちだ、マックス」
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