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デュ・ゲール家のクリスマス 2

 会場のドアを開けた瞬間、「メリークリスマス!」と黄色い声が響き渡った。数人の少女たちがいっせいにアンリを包囲したのだ。いずれも彼より年下の小さないとこである。我先にと押し合いへし合いアンリに話しかけようとしている。お互い一歩も譲らないので軽い言い争いに発展した。  エマとクロエは少し離れた場所でくつろぎながら弟のようすを眺めている。 「毎年毎年戦争みたい」クロエはテーブルの焼き菓子をつまみながら言う。「ちやほやされるのも考えものだわ」 「みんなアンリに期待してるのよ。いとこの中で男の子はアンリだけだもの。さっきアンリを呼びに行ったときね、寝顔がとっても可愛いかったの。頰にいっぱいキスしてあげたかったけど……2回で我慢したわ」  長女はときどき異常なほど弟を溺愛するそぶりを見せる。 「エマはもっと身内以外の異性と会話したほうがいいよ」 「え、どうして?」 「あんたは純粋すぎるし、いつか悪い男にだまされそうで心配――」  もうすぐ20歳になる長女はあきれるほど純粋だった。クロエが恋愛とはなんたるかを教授しようと口を開きかけると、とつぜん横槍が入った。 「クリスマスにはふさわしくない話題ね、不潔」  現れたのは小柄な少女だった。知的な顔立ちで、ツンとした態度は人を寄せつけない雰囲気があった。 「べつに『不潔』と言われるような話はしてないけど? 自意識過剰じゃない?」 「祝い事にふさわしくない発言ねって言っただけよ」 「ふたりともケンカはやめて。ジゼル、遅かったのね」  エマは三女ジセルのために椅子を引いて座らせた。エマを真ん中にはさむ形でクロエとジゼルが並んで座っている。 「読書が楽しくって。つい時間を忘れて本の虫になってたの」 「ええ? せっかくのクリスマスに読書って……祝い事にふさわしくないのはどっち?」 「クロエ、もういいでしょ。わたしだって今日くらいケンカせずに過ごしたいの」 「はいはい」 「でも、毎年戦争みたいっていうのは同感。あの子たちも必死よね」  ジゼルは弟がいるほうへ視線を投げかけた。アンリは出窓に腰かけ、デッサン帳片手に黙々と少女たちの要望に応えている。アンリにしてみれば似顔絵を描くのは容易なことだった。けれども少女たちは一筋縄ではいかなかった。『見たまま』を描くとひんしゅくを買ってしまうのだ。わざとらしく鼻を高くしたり瞳を大きくしてもいけない。乙女心というものはじつに面倒なものである。アンリは注意深く慎重に、欠けている所は足して描き、足りている所は削った。彼女たちは完成品に大いに満足しているようだ。  晩餐の時間が来るまで各々が自由にくつろいでいた。陽が傾きかけ、室内が徐々に暗くなりはじめる。スイッチひとつで点けられる明かりも今日ばかりは必要ない。クリスマスの厳かな雰囲気を壊さぬよう、ろうそくが点々と灯される。  やがて晩餐の時間になった。父を先頭に叔母ふたりが入ってきてプレゼントの山を使用人に運ばせていた。レースの髪飾り、花飾りいっぱいの帽子、なめし革の赤い靴、鹿革の手袋、真鍮製の手鏡……プレゼントを開封するたびに歓声が上がった。  父はアンリの姿を見つけて大手を振って喜んだ。 「アンリ、元気そうだな。英国の水が合わないんじゃないかって心配してたんだ」 「水? 水はすぐ慣れたよ」 「そういう意味じゃない……まあ、楽しく過ごせてるならよかったよ」  父子の会話は思いのほか少なかった。それもそのはず、父は年に数回しか会えない姪っ子たちへプレゼントを配ることに心血を注いでいたからだ。息子とはいつでも会話できるという距離感と信頼関係。アンリもそのくらいがちょうどよいと感じていた。  晩餐会は日付が変わるまで続いた。時間が経つごとに年少の者から順々に寝床へ帰っていった。肉汁とソースだけが残った大皿。だれも口をつけない野菜の添え物。積み上げられた果物の皮。  炭酸が抜けきったぬるいシャンパーニュを片手に叔母のひとりが悪酔いしていた。彼女は亡き夫への不満を延々と並べ立て、罵詈雑言を虚空に向かって浴びせている。しまいには気を失って倒れてしまった。父ともうひとりの叔母があわてて駆け寄った。ふたりの介抱のおかげで意識を取り戻した叔母。数分後には使用人ともうひとりの叔母の腕に抱えられ寝床へ送還させられていた。  応接間に残っていたのは父と三姉妹とアンリだけになった。叔母の騒動を目撃したあとではデザートを食べようという気にはならない。 「今夜はもうお開きにするか……」  父は残念そうに言った。父が宣言するまでもなく会場はすでにお開き状態である。疲れ気味の三姉妹は諸手をあげて賛成した。父とアンリにおやすみのキスを浴びせてから彼女たちは自室に帰っていった。 「父さん、おれも部屋に帰るよ」 「ああ、ちょっと待て……おまえに渡しておきたいものがある」  父がテーブルの下にかがんで箱を取り出した。華美に包装された箱はまさしくプレゼントに相違ない。テーブルクロスを隠れ蓑にしていたようだ。 「今年からプレゼントはなしかと思ってた」 「まだまだ学生のうちは有効だ」  父はにやりと笑った。「開けてみろ」と促され、アンリは胸を踊らせて箱を開封した。 「これって……特注品?」 「そうだ。おまえの好みに合わないかもしれんが、これさえあればどこへ行っても恥ずかしくない」 「普段づかいするには気が引けるなあ」  箱の中身は、上品な光沢をたずさえたエナメル革の靴だった。

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